松沢呉一のビバノン・ライフ

バードと提灯について語り合いたかった—『イザベラ・バードの日本紀行』雑感 5- (松沢呉一) -3,168文字-

醜い日本人・美しいアイヌ—『イザベラ・バードの日本紀行』雑感 4」の続きです。

 

 

 

バードの提灯礼賛

 

vivanon_sentence日本人の見た目、音楽、食い物、模造品については、ほとんどの場合、酷評するイザベラ・バードですが、日本について褒めているところももちろん多数あります。

これからの宴会方法」に書いたように、バードは繰り返し提灯について触れています。提灯は好きだったみたい。

提灯に関するもっとも詳しい記述は新潟で書かれた以下の部分。

 

 

提灯の店はいちばん目立っておもしろい店のひとつです。提灯の用途の広さといったら、見当もつかないでしょう。提灯は日本独特の魅力のひとつです。宗教的であろうがなかろうが、何百何千もの提灯なしにはどんな祭りも完結はしません。夜は多くの家や店の表に提灯をともし、宿屋、茶屋、劇場は常時照明を絶やさず、徒歩の通行人、車夫は必ず自分の名を白地に赤か黒の漢字で記した提灯を携えています。提灯の大きさは、お寺に下がっている直径三フィートか四フィート[約〇・九〜一・二メートル]、長さ一〇フィートか一二フィート[約三〜三・七メートル]のものから、幅四インチから五インチ[約一〇〜一三センチ]、長さ一フィートの街中で持ち歩ける、折り畳み式の小型のものまでさまざまあります。提灯の飾りには創意、発想、センスが最大限に生かされ、その多くが、なかでも日常的に使うものはとくに、とても美しいものです。ふつう提灯は丸い形をしていますが、祭り用に長方形や正方形のもの—提灯というより動かせる透かし絵—や、扇や魚に似せたものが作られます。いちばんすてきな提灯のなかには、白地に赤で家紋や漢字で名前を記しただけのものもあります。一軒の店で値段を尋ねたところ、八銭から八円まで幅があるとわかりました。どれかひとつでもほしいのですが、買えません。

 

 

ここまでしっかりと提灯を記述し、日本独特の魅力のひとつと評価し、「日常的に使うものはとくに、とても美しい」とし、「いちばんすてきな提灯」として、シンプルな印と文字が入ったものを挙げているのはただ者ではありません。完全にマニア視点。私がこれまでほとんど出会ったことがない提灯仲間。

八銭から八円は、今で言えば千円から十万円くらいでしょうか。今はプラスチックにビニールを貼った機械刷りの小型提灯がもっと安く買えますが、小さくても、紙の手作りだと千円くらいはしましょう。

通常、看板提灯(店名や商品名の入った店舗用提灯)で使用される、紙製に手書き文字を入れたものは二万円から三万円くらいのものが多く、大型のものだと十万円くらいしましょうから、今とさほど値段は違わない(文中にある三メートル大のものだと、その十倍くらいか)。

提灯はその役割と趣向の素晴らしさ、耐用期間のわりに安いのですが、それでもバードが「買えません」と書いているのは、これから本格的に困難な旅路が待っていることが予想でき、荷物を増やしたくなかったためだろうと思います。

丸い木箱に収納できる箱提灯だったらかさばらないですが、箱提灯はそんなに魅力がなかったのかも。これも提灯好きからすると理解ができます。あれは創意工夫の塊でありながらも、形に面白みが薄いのです。

※本に掲載されてなかっただけかもしれないですが、これだけ褒めておきながら、提灯自体をメインにしたスケッチはなく、提灯に描かれた巴のマークだけをスケッチしたものが掲載されています。また、よくよく見ると、茶屋を描いたスケッチに丸提灯が見えます。

 

 

バードの卓抜した審美眼

 

vivanon_sentenceこれだけでなく、和紙、漆器、陶器、織物など日本の工芸品に対するバードの審美眼は不思議なくらいに的確です。

美は世界共通の部分があるってことなのですけど、バードは、自身がすでに理解できている日本の美が、自分の国では通じにくいであろうことを書いている部分があります。海外受けする輸出用の陶器、磁器をバード自身は軽んじていることを表す文章もありますから、ただの普遍的審美眼ということではありまぜん。

今の時代であれば、資料も豊富にあり、先人たちの蓄積もあるため、事前に本をいっぱい読んでおけば、その審美眼を吸収できますが、下準備はしてきたとは言え、何冊かの日本の旅行記を読んだだけでは、これだけ的確な美的評価まではできないでしょう。

工芸品自体、輸出もされ、ヨーロッパ各国で展示会も開かれていたわけですが(もう少しあとの時代のものですが、提灯がそういった展示会に出されていた記録があります)、バードが書くように、それらはヨーロッパ向けにアレンジされたものでした。そこから事前に吸収できるものがあったでしょうけど、伝統工芸品や家具を礼賛するのと同じように、チープな提灯を評価する視点がただ者ではない。

今現在の日本でも提灯に美を感じて、その魅力を的確に語れる人は数万人に一人、あるいはもっと少ないかもしれない。

なお、「祭り用に長方形や正方形のもの」は提灯ではありません。角形の提灯は存在しますが、「提灯というより動かせる透かし絵」とあるように、これは回り灯籠でしょう。灯籠は灯籠であって、提灯ではありません。「提灯というより」と書いているので、バードは提灯と灯籠とは別のものであることまでわかっています。すごいな。

 

 

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