松沢呉一のビバノン・ライフ

醜い日本人・美しいアイヌ—『イザベラ・バードの日本紀行』雑感 4- (松沢呉一) -3,111文字-

物真似から始まった文明開化—『イザベラ・バードの日本紀行』雑感 3」の続きです。

 

 

 

日本人の醜さをこれでもかと

 

vivanon_sentence騙された恨みがあるため、とくに模造品に対する怒りは強いのですけど、それ以外でも、イザベラ・バードはしばしば辛辣です。

この紀行文は、妹に宛てた手紙がもとになっています。いずれは本にまとめることを前提としていても、登場する人々が読むことは前提にしていなかったでしょうから、遠慮がありません。仮に読まれたとしても、東洋の野蛮人に読まれることを気にしなかったのかも。

慎み深く、道徳的なクリスチャンであることがこの記録の価値を落としていると指摘しましたが、この忌憚なき辛辣さがこの紀行文を面白くしています。

日本人やアイヌに対する評価の幅はどちらも広くて、蔑んでみたり、持ち上げてみたりするのですが、日本人の見た目については数名の個人を除いて、だいたい酷評です。

横浜で最初に見た日本人の印象は「小柄で、醜くて、親切そうで、しなびていて、がに股で、猫背で、胸のへこんだ貧相な人々」。褒めているのは「親切そう」ってところだけ。たまたまこの時にそういう人たちを見ただけだとか、見ているうちに慣れてきて、いい部分も見えてきたとかではなく、外見については一貫してこういう評価です。

以下は日本人とアイヌを比較した箇所。

 

黄色い肌、馬毛のように硬い毛髪、弱々しいまぶた、細長い目、下がり眉、平たい鼻、へこんだ胸、モンゴロイド特有の顔立ち、脆弱な肉体、男のよろよろした足取り、女のよちよちとした歩き方など、総じて日本人の外見からは退化しているという印象を受けますが、それに対してアイヌからはたいへん特異な印象を受けます。

 

長いので、アイヌの見た目の評価は省略しますが、文明に乗り遅れ、酔っぱらうと神が喜ぶと信じて酒を飲み続けるアイヌに呆れながら、その身体的特徴については、日本人の比ではなく肯定的に語っています。

「特異な印象」というのは、「日本人に比して」の意味かと思います。バードは日本人よりアイヌの風貌に、自分らと近いものを感じていて、逞しく猛々しいだけではなく、笑顔を褒め、女性も刺青によって幻惑されやすいだけで、「美しい」としています。

また、内面についても、好意的にアイヌを描いています。バードが接したアイヌたちは、騙す、ごまかすということを知らない。バードが彼らの使う道具を買い取ろうとしても、「そんな価値はない」として一部しか金を受け取らないか、金はいらないという。譲れないものは金を出しても譲らない。譲ったものに傷があったとして、あとからもっときれいなものを渡すために追いかけてくる。

不必要なものは受け取らないくせに、客人であるバードには、精一杯のもてなしをし、大量の土産を持たせる。

アイヌ居住地周辺の和人たちも、泥棒がいないため、家に鍵をかけないのだと言います。

通訳の伊藤は有能な人間でありながら、油断をすると金をごまかす狡猾さもあって、その伊藤がアイヌをバカにしきった態度をとり、バードがアイヌに入れ込むことを嫌い、せっせとアイヌの悪口を吹き込もうとするため、その対比としてアイヌは圧倒的にいい人たちです。内面については日本人も褒めるところでは褒めてますが。

 

 

好き嫌いを隠さないバード

 

vivanon_sentenceバードはたくわんやみそ汁以外に大嫌いな日本の文化があって、それが音楽です。日本人でも、幼い頃から西洋音楽の教育を受けた人は、日本の音楽を聞くと気分が悪くなる人がいます。雅楽であろうと、長唄であろうと、演歌であろうと、西洋音楽の和音に従わないためです。

バードにとってもそういうものでしかなく、つねに不快極まりない騒音扱いで、一切受け付けなかったよう。

三味線の音もダメで、車夫の鼻歌も通訳の伊藤の鼻歌も耐えられなかった様子です。小唄か民謡でも唄っていたのでしょうけど、音程が不安定に漂う唄い方がダメだったのだと想像します。

しかし、アイヌの音楽は別だったようで、バードは楽しんでいます。また、アイヌの低音による話し方が音楽的だとして、心地よかったことを何度も書いています。

日本人は醜く、実年齢より老けて見えるとも書いています。上の引用文に「退化」とあったのも、そういうことだろうと想像します。

 

 

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