松沢呉一のビバノン・ライフ

物真似から始まった文明開化—『イザベラ・バードの日本紀行』雑感 3- (松沢呉一) -3,091文字-

知らない日本を発見する—『イザベラ・バードの日本紀行』雑感 2」の続きです。

 

 

 

コピー天国・日本

 

vivanon_sentence前回書いたように、バードの記録は江戸時代の日本を見た記録だと言っても、大きくは間違っていない。東海道でも中山道でも、整備された街道は、江戸時代でももっとずっと便利だったと思いますが。

散切り頭に帽子をかぶり、洋装姿の方が「カッコいい」という見方が広がって、時に髷は野蛮とされつつも、明治4年に散髪脱刀令が出て以降も髷にしている人たちは少なくなく、明治20年代でもなお髷にしている人たちがいたことは「ロバート・F・ブルームの絵を読む」で確認した通り。

都市部であってもそうなのだから、都市部を離れると、江戸時代はしばらくの間続き、文明開化は少しずつしか訪れなかったのです。

そう思って読んでいると、今度は「エーッ!」という記述が出てきます。

開国からわずか十年ちょっとで、キリスト教宣教師が全国の主要都市で布教をしていることもそうなのですけど、それはそういうものとして理解できるとして、なにより驚いたのは、どこに行っても、輸入品を模造した数々の商品が売られていたことです。

髷を結っている人たちは、舶来のものに興味を抱かず、手を出さなかったかもしれないですが、文明開化を消極的であれ受け入れていた人たち、あるいは歓迎していた人たちは、模造品に騙されて、あるいは模造品だとわかっていても、輸入もののように見える酒や食品、医薬品を買っていたよう。開国からわずか十一年目ですよ。

※髷を結った人力車夫。バードは彼を「醜い」と書いています。誇張しているにせよ、たしかにこの顔は、また、頭蓋骨の形は相当にヘン。

 

 

バードも騙された模造品

 

vivanon_sentenceこれらは東京で製造されて、全国で流通していたもののようです。バードはたびたびこの模造品について触れ、怒りを露にしています。

 

最も不快、あるいは不健全な類の偽造ラベルとにせの混ぜ物の製造に関して、東京はその中心であり、計画的な偽造を商売に変えてしまったのである。この不正な行為はどこかのスラム街や薄汚い巣窟でこっそりやっているのではなく、白昼に窓も開け放して堂々と行われており、印刷機がイギリス政府内国歳入庁のスタンプやコリス・ブラウン博士の署名、「プレストンレモン砂糖」やおいしそうな「ラモーニー」印の肉の缶詰のラベル、「イーグル」印、バス社の「レッド・ダイヤモンド」ラベルなどを偽造しているのが見える。これで英語のつづりが正確なら偽造も完璧になるところであるが、幸いに必ずしもそこまでは細かく気を遣っていない。とはいえ、運の悪い日本人被害者にはそれでも充分に本物そっくりで、長崎から函館に至るまでまがい物の食用品や飲料や医薬品が売られている。好き勝手に病気を扱い、これまで未知のものだった振顫譫妄(しんせんせんもう)その他の苦痛をもたらして、罪のないものを「命取り」に変えてしまっている。書くのに力が入っているが、それはわたし自身、あの清涼飲料の逸品「プレストンズ・シュガー・オブ・レモンズ」として売られていた石鹸、硫酸、レモン・オイル、砂糖を混ぜたと思われる悪質なまがい物を飲んでひどい目に遭ったからである。

 

まんまと騙されたんかよ(騙された時の話も書かれています)。

 

 

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