松沢呉一のビバノン・ライフ

「時蕎麦」と照明—『イザベラ・バードの日本紀行』雑感 7(最終回)- (松沢呉一) -3,473文字-

なぜバードは看板提灯に触れなかったのか—『イザベラ・バードの日本紀行』雑感 6」の続きです。

 

 

 

落語「時蕎麦」における照明

 

vivanon_sentence夜鳴き蕎麦(夜鷹蕎麦二八蕎麦)屋であれば照明が必要ですから、提灯を使ったろうし、まさにそれが目立つ看板になったはず。

落語の「時蕎麦」に屋台の説明があったと記憶しています。確認してみました。

 

 

展開がわかっていても面白いなあ。声を出して笑ってしまいました。

でも、提灯ではないですね。屋号の書かれた行灯と言ってます。屋号は文字ではなく、それを示す印です。看板暖簾と同じ。文字だと読めない人がいるので、当時は、文字以外に、あるいは文字はなく、屋号を紋なり、トレードマークなりで示し、商品名も象形文字のように、鳥や魚だとわかるものを入れました。今も暖簾には、この名残があります。

 

 

屋台の行灯はどういうものだったのか

 

vivanon_sentence当時の屋台は、今の屋台のように車がついていて、引っ張って移動するのではなく、担いで移動するものです。バードは横浜の屋台をスケッチしており、これは江戸時代の屋台とほとんど同じでしょう。

中央の人物に隠れていますが、後ろに棒があり、この棒を担いだわけです。この屋台には照明らしきものは見えません。夜、営業しないのであれば照明は不要です。

二八蕎麦の浮世絵は多数残っていて、色がついている分、バードのスケッチよりも鮮やかですが、どれも似た趣向で、大きな行灯が脇についています。

屋根がついていて、それが本体から飛び出て庇になっていて、その下に、壁に密着して長い行灯があります。少々雨が降っても、火が消えることはなかったのでしょう。

 

 

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