松沢呉一のビバノン・ライフ

便所に住む夫婦—双葉社がかつて出していた「夫婦実話」より-[ビバノン循環湯 164] (松沢呉一) -2,267文字-

「スナイパー」で連載していた昔の変態シリーズの一本ですけど、読み直したら、そんなにたいした変態ではありませんでした。双葉社はかつて岐阜でこんな雑誌を出していたってところに注目していただければよろしいかと。

 

 

 

岐阜で誕生した双葉社

 

vivanon_sentence夫婦実話」という雑誌がありました。昭和二五年から昭和二九年まで出ていたB6サイズの雑誌です。発行元は双葉社。「漫画アクション」「週刊大衆」のあの双葉社です。

双葉社は戦後間もなく、岐阜で設立された出版社です。岐阜は美濃紙の伝統があるため、製造方法が近い再生紙、つまり仙花紙が手に入りやすく、同時期に、いくつかの出版社がこの地で生まれています。

当時の双葉社は広く言えばカストリ雑誌を手がけているのですが、大衆文芸誌というべき路線の雑誌が中心であり、比較的穏健な内容の雑誌が中心でした。

その後、双葉社は、東京に進出して、昭和三十年代になると、「週刊大衆」を創刊して今に至ります。当時、岐阜で創業した出版社で生き残ったのは双葉社だけだと思われます。

「夫婦実話」は売れに売れた「夫婦生活」の二番煎じ雑誌のひとつで、B級雑誌ではありますが、時々面白い記事が出ています。

 

つまりはホームレス

 

vivanon_sentence昭和二七年七月号に出ているのが「共同便所に住む変態夫婦」です。この雑誌は、ちゃんと取材した記事とインチキな記事とが共存していて、この記事はどちらなのかはっきりとはしないのですが、どうもその内容からすると、実話なのではないかと思われます。

夫は「上野の浮浪者上がりの日雇人夫」である古賀甚吉さん、二七歳です。妻は靴磨きだった千代さん、二二歳。タチの悪い浮浪者に千代さんがインネンをつけられているところを甚吉さんが救ったことから恋愛関係になりますが、二人とも住むところがないため、共同便所で暮らし始めます。

「雨もりはしないし、水道はついているし、便所の心配もありません」

そりゃそうですね。しかも、個室ですから、冬も寒さをしのげ、夏は全裸でいたっていいわけです。電気代もいりません。なによりシッコやウンコをしたくなったら、すぐにできます。

二十四時間、便所の中にいるわけではなくて、昼間、甚吉さんは仕事に出かけ、千代さんはリヤカーを引いてクズ拾いです。

夜になると、便器の上に板を置き、その上にムシロを敷き、さらにその上に蒲団を敷いて寝ます。この頃は、ほとんどが汲み取りだと思うので、ニオイが強烈なはずですが、これには予想外の効果もあって、便所のニオイは性的興奮をもたらして、夫婦の営みも順調なようです。

 

 

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