松沢呉一のビバノン・ライフ

ヤクザは関与せず—飛田の女たち 1-3[ビバノン循環湯 162] (松沢呉一) -5,115文字-

私らが客を選んでいる—飛田の女たち 1-2」の続きです。

 

 

 

見た目で満足できるのは最初だけ

 

vivanon_sentence建物の中は遊廓時代そのままで、無駄に広い。一階には女の子の待機室、ママやマスターの部屋、台所、それ以外にも空いている部屋があり、大きいところでは二階に五部屋も六部屋もある。しかし、出勤している女の子は多くて二人。それだけ客が減ったことを意味する。

ママ「何人までって人数は決まってないけど、こんな時代でしょ。雇っても稼げない。たとえば稼げる子が一人いて、稼げない子が二人いたら、稼げない子二人は食い合って死んでしまうでしょ。でも、稼げる子を一人だけ雇うんじゃ、その子が上がっていると、外に出る子がいない。二人いれば交代で出られるけど、一人が休んだら、出られるのは一人だけになる。だから、今は、三人いるのが理想。そうすれば、それぞれ休みもとれるし、そこそこは稼げる」

麗子「二人はきついもんな。三人はおらな、休みがとれんわ」

松沢「彼氏とデートもできん」

麗子「そうそう(笑)」

常時二人出勤する体制にするなら三人は必要。しかし、今の時代はこれが上限でもある。

松沢「女の子はどうやって集めているの?」

ママ「店にもよるけど、うちは知り合いの紹介。たとえば、松沢さんの知り合いで、お金がちょっと欲しいという女の子がいたら、うちのことを思い出して、私に電話をしてくれるやろ(笑)」

松沢「働くんだったら、若くてきれいな方が有利だよね」

ママ「それだけじゃあかんけど、その方がパッと見、目立つからな、最初は客がつきやすい。それ以降、客がまた来てくれるかどうかは別問題やけど」

松沢「見た目で満足できるのは最初だけ。あとは人と人のつきあいが始まるからね」

麗子「それと、見た目にうるさい客はどうせ目移りするし」

松沢「東京の女の子でもいい?」

ママ「ええよ。短期でも」

おば「でも、住み込みはできん。監禁と思われるから、ここには住めない」

ママ「これも組合で決まっている。地方から出てきて、住むところが決まってなくて、泊めて欲しいという子もおるけど、ホテルに泊まらす。どんな子かもようわからんのに、一人で泊めるのは怖いわな」

松沢「雑誌に募集広告を出しているところもあるよね」

ママ「ある。飛田って名前は出せんから、“天王寺近くの”って、わかる人にはわかるように。そやけど、個人経営やから、高い掲載料出せんでしょう。一人も来んかもしれんのに。知り合いの紹介だったら、確実に働いてくれるから、ちょっとしたお礼を出してもいいけど」

紹介料を出すと職安法か何かにひっかかるかもしれず、あくまで「出してもいいくらい」という話だと思っていただきたい。

 

 

時々ある事故が悩みの種

 

vivanon_sentence松沢「飛田の中で移動するのもいるよね。あれは引き抜き?」

ママ「狭い世界やから、あからさまな引き抜きはない。女の子が“もっと稼げる店はないかな”ってお客さんに相談して、そのお客さんが別の店を紹介することはあるけど、その時も水面下で話をつけて、一度は店を辞めて、しばらくほとぼりを冷ましてから、改めて別の店に入る。そこまでやっていると互いに文句を言わない。でも、最初からそれを目的にして店に来て引き抜いたりすると、問題になるね。“いくら女の子に黙っていろ”と言ったって、たいていボロが出るから」

松沢「あとは知り合いの店同士で話をつけたり」

ママ「そうそう。店によって向く向かないがあるから。夫婦でそれぞれ経営していたり、親戚が経営していたりすると、その中で移動したり、女の子が足りない時に借りることもよくある」

つきあいのある店、ない店があるわけだが、仲のいい店だと、融通を利かせ合う。店が別でも、女の子同士が仲がよくて、他の店に出入りしていることもある。鞠絵がこの店に遊びに来ているのも、そういうつながりである。

こういうところの女たちは、高利の金融に手を出して売られてくる、なんてイメージが強くある。一般の風俗店と同様に、借金のあるのは事実いるし、店によっては金融業者から紹介してもらっているのもいるらしいのだが、これも一般の風俗店と一緒であって、無理矢理働かされるなんてことはない。

ママ「信用できるところからだったらええやろうけど、ヘンなところに紹介してもらったら、また何を言われるかわからんから。金貸して辞められたらそれまでやから、女の子に金貸すこともまずないな。貸す金ないし(笑)。借りるんやったら、日掛け屋さんから借りる」

日掛け屋」は歓楽街によくある金融業で、毎日少しずつ元金と利息を返済するシステム。日払いの業種ならでは。しかし、店が女の子の取り分から抜いて業者に払うと、借金で拘束していると見なされかねないため、女の子がもらった金を業者に返済する。

ママ「警察が目を光らせてるから、下手なことすると、すぐに目ぇ、つけられる」

飛田は世間からの批判と警察を何より恐れる。

松沢「現に警察に摘発されることもあるわけでしょ」

ママ「あるよ、事故があるからね」

松沢「事故?」

ママ「例えば、お客さんが悪いことをして捕まったとするやんか。“盗んだ金はどこで使ったんだ”という話になって、“飛田のどこどこの店の誰々に全部使いました”と言うと、警察も調べるわな。ということになったら、やられちゃう。お客さんだけじゃなくて、ここで働いていた女の子が悪いことをしても一緒。デートクラブか何かで働いて、店が摘発された時に取り調べられて、“この前は飛田にいました”って言ったり。それはホントの事故。事故以外では、未成年とヤクザ関係とクスリ関係。このみっつを守ってちゃんとやっていたら、事故がない限り、まず大丈夫」

この辺は一般の風俗店と同じだが、一般の風俗店以上に気を使っているかもしれない。

 

 

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