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松沢呉一のビバノン・ライフ

金儲けにもルールやモラルがある—街を知る適切な方法・不適切な方法 1-(松沢呉一) – [無料記事] -2,463文字-


※以下の話は実在の団体とは一切関係がありません。

 

 

新宿二丁目フィールドワーク(仮想)

 

vivanon_sentenceじんけんズボラという団体が「新宿二丁目フィールドワーク」を企画します。参加費は三千円。

二丁目のことは聞いたことがあっても縁のない人たち、とくにヘテロには「この機会に行ってみよう」「見たことがないゲイとかレズビアンという人たちをこの目で見てみよう」「なにしろ人権だ」「意味わかんないけど、フィールドワークだ」と高い金を出して参加するのがいるわけですよ。

すったらもん、個人で飲みに行けばいいだけのこと。どの店に行ったらいいのかわからなければ、知り合いに聞けばいい。聞く相手がいないんだったら、知恵袋で聞けばいい。あるいはaktaにでも行って相談するか、aktaに何種か置かれている二丁目ガイドをもらえばいい。ただ街の様子を知りたいだけなら、一人か少人数で散歩すればいい。タクシーを拾って中を通るのもいいでしょう。店の数などのデータを知りたいんだったら、二丁目振興会に問い合わせればいいし、ネットや本を調べればいい。

しかし、そういう手間をかけたくないズボラな人たちは、三千円を払ってこれに参加します。ただの俗な好奇心であっても、ここなら「人権」で偽装をしてくれますから、「人権に関心のある私」という思い込みも買えます。「フィールドワーク」っちゅうくらいで、賢くなった気分も買えます。

もちろん、それは自己満足であって、実態としても、街の人々にとっても、「二丁目覗き見ツアー」というものと寸分変わりはないですが、そういう想像をする手間もかけたくないのでしょう。

俗な好奇心はあっても事実を知ろうとしたことのないズボラな人たちは、「あの街に行くとホモに襲われるらしい」といった偏見に基づく恐怖心を抱いているので、一人では行けない。その点、じんけんズボラと一緒なら安心。つまりは、そういった偏見を利用した覗き見ツアーをやっているのがこの団体。

こうして三十何人もの集団が仲通りを練り歩きます。案内役が「右に見えるのがゲイです」「左に見えるのがレズビアンです」と説明をしながら歩きます。そんなことをしたら、客は逃げていきますから迷惑極まりない。

偏見を持った人たちを集め、その偏見をなくすのであれば、これにも意義があるかもしれない。その人たちが街のことをさらによく知るための契機にもなるでしょう。

しかし、そんなことは何も準備されておらず、偏見をそのまま持ち帰り、場合によっては偏見を強化してしまう。参加者はただ怖いもの見たさの好奇心を満たしておしまい。

花園神社の見世物小屋だったら八百円なので、そちらに行けばよろしいかと。二人で行ってたこ焼きとチョコバナナを食ってもまだ釣りが来ます。

※酉の市で、ゴキブリコンビナートによる見世物小屋を観てきたのですが、昔の見世物を期待すると裏切られるかも。蛇女がいないからなあ。それでもまあまあ楽しんできました。

 

 

じんけんズボラのビジネス

 

vivanon_sentenceこれを知ったゲイ団体が「やめて欲しい」と申し入れをします。「二丁目の人たちは嫌がっていて、客が寄り付かなくなる上に偏見を強める」と言っても、じんけんズボラのメンバーは「公道なのだから、誰が歩いたっていいだろう」と言います。道交法の話をしているのではないこともわからんらしい。「じんけんズボラ」の「じんけん」は「人権」じゃなくて、「人絹」かなんかかも。

一年間にわたる折衝の末、やっと「二丁目の中には入らず、新宿通りや靖国通りまでで留める」という合意に達したのですが、本年度の「新宿二丁目フィールドワーク」では、その約束は反故にされ、中を見物していくというので、ゲイ団体のメンバーはそれを阻止します。

一年かけた折衝はいったいなんだったのか。ゲイ団体ごときを相手にする気など微塵もなかったのでしょうね。

「フィールドワーク」と称した見物会の売りはここにあって、これをやらないと三千円はとれない。お客様へのサービスとしてこだわったのだろうと推測できます。

頭の中にあるのは金を出す人たちのことだけ。その街にいる人たちのことも、抗議する人たちのことも頭にない。

しかし、こんなことをやっていたら、商売も続けられなくなるのは必至であって、商売人としても間違ってます。

このトラブルを契機に、二丁目の誤解を解き、現実を知らしめようとしてきた敏腕ライターの原稿がテキトーに改変されて無断配布されていたことまでが発覚して、さらに揉め事は拡大。

しかし、「じんけんズボラ」は批判に対して、現在まで対応をする姿勢もなし。

 

 

容認されるビジネスではない

 

vivanon_sentenceという話が仮にあったとしましょうよ。あくまで仮想ですからね。

言うまでもなく、金を儲けること自体、非難されるべきではありません。私だって儲けたいわさ。

こんな商売でも飛びつく客がいるんですから、求めるものと提供するものは合致していて、この両者の間では問題はないでしょう。料金が通例よりいかに高かろうと、納得して払う人がいるのだから、商行為は完結し、じんけんズボラは、ほとんど準備も経費も不要で、十万以上の金を得られます。

しかし、金儲けには金儲けのルールやモラルってものがあって、それを逸脱したら、信用を失うのが当たり前。他でどんなにいいことをやっていても、まとめて否定されてしまいかねない。

他者を踏み台にしてゼニを得たり、敵意や悪意を剥き出しにするようなもんに参加して好奇心を満たすことは批判されてしかるべきなのでは?

怠け者の金儲けと、怠け者の好奇心を満たすためだけに、そこにいる人たちに迷惑をかけていいなんて言い分が成立するでしょうか。

「やめて欲しい」との申し入れに対して、開き直るようなことを言うのはどうなんでしょう。

合意されたことを反故にするのはどうなんでしょう。

楽して金を儲けたい人たちのために書いたわけではない原稿を無断で、かついい加減な方法で利用をするのはどうでしょう。

批判に向き合おうとしないことはどうでしょう。

全部ダメでしょ。

この仮想を持ち出したのは、比較として「適切なやり方」の実例を出すためです。もし二丁目を知るためだったら、どういうやり方が適切なのかを次回見ていきます

※写真は新宿二丁目の仲通り交差点

 

 

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