松沢呉一のビバノン・ライフ

視線と笑顔で決定する—飛田の女たち 1-1[ビバノン循環湯 160] (松沢呉一) -4,417文字-

11月23日に行われた、じんけんスコラ主催の「上杉聰・石元清英と行く~大阪/光と影のフィールドワーク」が批判されております。詳しくはSWASHの要友紀子による「市民のための人権大学院じんけんスコラ主催の飛田新地フィールドワークの問題」を参照のこと。

詳細がわからない現段階で、私はあまり口を出す気はないのですが、ちょっと気になることがありました。当日、参加者に配布された資料があります。コピー数枚の簡素なものですが、その1枚は私が書いた原稿の抜粋です。無断です。この原稿は十年以上前に「アクションカメラ」の連載に出して、そのあと削る前の原稿をたぶんネットに出したか、メルマガに出したものだったと思います。

学校は別にして、こういう資料の配布は著作権的に問題ありです。引用という解釈はありえず、ただの無断複製と配布です。よくあることではあって、少人数に配布することまでとやかくは言うまい。しかし、さまざまな単行本が今は出ているのですから、そういう本を精読して、それを抜粋すれば、中には本を買ってみようとする人もいるでしょう。それなら、著者にもメリットがあります。もしかすると、主催は、それらの本を読んでさえいないのではないか。

しかも、私の原稿の抜粋は、出典表示もなく、いつのものなのかも記載がありません。また、文脈も何も無視して、適当につなげているだけであり、抜粋の方法も杜撰。最後に「以下略」とありますが、途中もすべていい加減な切り貼りであり、抜粋であることがわからない。世間の人が思っているように怖い人がやっているだの、ヤクザがからんでいるだのといった事実はないことや、監禁されているなどと言われることを防ぐため、女の子らは店に泊まり込むことができないなどの事情も原文には書かれているのですが、誤解を解くようなそういった内容の話はほとんど転載されていません。

当日も、この抜粋を踏まえた話は何もなかったようです。金をとっている以上、資料のひとつも渡さないとならず、その「アリバイ」として利用された感があります。参加料を三千円もとっている以上、自分たちで調べて書くくらいのことはやっていいのではないか。怠け過ぎでしょう。

タイトルも「インタビュー」となってますが、正確には雑談です。それを勝手に録音して原稿にしただけ。じゃあ、無断かというと、そういうわけでもない。それには事情があるのです。雑誌掲載時には女の子が控えの場でくつろいでいる写真や入口に座っている写真を誰かわからないようにして出していましたが、それらもすべて同じです。堂々、写真を撮ったり、録音しているのに店の人らが気づかないはずがないのですが、気づかないのです。どういうことかわからんでしょう。本文を読んでいただければある程度想像できようかと思いますが、十年以上経っても、その辺の事情については書きづらいところがあるので、信頼関係があればこそってことでお察しください。その辺の微妙なニュアンスなど、人権団体は理解できないんでしょうね。

実のところ、この原稿は「ビバノンライフ」が始まって間もなく、循環させようと思ったのですが、なにぶんにも長い。原稿はあっても、レイアウトしたり、リンクをしたり、図版を入れたりするのに手間がかかるのです。その上、昨今は飛田に関する本もさまざま出て、ちょっとしたブームのよう。こうなると私は「だったら、私の出番はもう終わり」と思ってしまって興味をなくします。この原稿も「もういいか」と、編集作業に入らないまま放置してしまったのですが、そんな利用をされたら、「原文はこうだ」と出さないわけにはいかない。今後は資料として使用する場合、無断でもいいので、「ビバノンライフ」のタイトルを明記して、購読者が一人でも増えるように、ご協力ください。

この「雑談」はメンツ違いの第一部と第二部があって、まずは第一部から。今回はさわりみたいなものです。飛田で撮った写真を探すのは困難なので、またも夜の花の写真でもお楽しみください。飛田は昼からやってますけど。

追記:その後、事情がわかってきて、この団体については、以降、私の書いたものを使用することは一切お断りしますし、これまでのものについてもこのまま黙っておくわけにはいかなくなってきています。自分らの金儲けに利用したんだから、使用料くらい払えよ。

 

 

 

裏風俗取材の心得

 

vivanon_sentenceここ数年、大阪に行くたびに、天王寺周辺に足繁く通うようになった。目的はいくつかあるのだが、そのひとつは飛田新地に入り込むこと。メディアでは「チョンの間」だの「一発屋」だのと書かれるが、決して上品な名称とは言い難く、地元では、「遊廓」「元遊廓」といったように呼ぶ人も多い。

なぜか風俗ライターの人たちは、客として行った体験を書いたり、隠し撮りをしただけで取材した気になっていて、対して私は「そりゃねえんじゃねえか」という気持ちがあって、いわゆる裏風俗でも街娼でも、時間も手間も金もかけて信頼関係を作ることにしている。おかげで飛田でも気さくに話を聞かせてくれる女の子やおばちゃんたちと知り合うことができた。

近隣住民や警察がうるさいため、通常、こういった場所は取材がNGである。特に裏風俗ブームで、隠し撮りする輩が増えている昨今、写真撮影には神経を尖らせており、飛田新地では、各店の入り口に写真撮影お断りのステッカーが貼り出されるようになっている。しかし、信頼関係さえできれば、たいていのことは見て見ぬふりをしてくれるようになる。

裏風俗ブームの功罪はさまざまあれど、それによって客が増えたという話は聞かない。決死の潜入であることを強調するがために、ヤクザがやっている怖い場所みたいなデマを流すのまでいるのだから、易々と遊びに行く気にもなれまい。

一方で、隠し撮りをされて女の子が辞めたとか、警察の摘発を招いたといった話も聞いていて、罪の方がはるかに大きいのではないか。

ある日のこと、店を閉めてから、仲のいい店で、ママとおばちゃんと女の子とダベッていたところ、あまりに話が面白いので、テープを回させてもらうことにした。この内容を発表するのは組合としてはまずいのだが、あたかもヤクザがやっているいかがわしい場所であるかのようなデタラメを書いている人たちがあまりに多いので、私個人の判断で、あえて発表させてもらうことにした。店がそうしていいと言ったわけではないので、誤解なきよう。

 

 

飛田という場所

 

vivanon_sentence以下、「ママ」はこの店の経営者だ。女性経営者をママ、男性経営者をマスターと呼ぶことが多く、ママとマスターは五分五分というところだろう。つまり男女比は同じくらい。

おば」はおばちゃん。「おはちゃん」は呼び込みの仲居さんのことで、職業名である。「麗子」はこの店の看板で、店での年齢は二十八歳。実年齢も知っているが、内緒にしておく。「毬絵」は別の店の若手の女の子だ。彼女は仕事を終えて、この店に立ち寄ったところだった。彼女が途中から発言していないのは先に帰ったためである。

松沢「ここには、何軒くらいの店があるの?」

ママ「百三十軒。閉まる店もあれば、新たにできる店もあるから、数は昔からそんなに変わらんけど、前に比べると、閉まっている店が多いね」

営業をやめたわけではないのだが、女の子が確保できず、開店休業の店も多いのである。

おば「九条は百十五軒かな」

九条もよく知られる大阪の元遊廓で、昔は松島新地と呼ばれた場所。ここの子とも着実に信頼関係を作りつつあるので、いずれは詳しくご紹介することができるだろう。

おば「あちらは、どこがメインで、どこら辺にきれいなんがおるっていうことはない。若い子と年輩の子が一緒におったりとか。でも、ここみたいにきれいにしているのはあんまりいない。ランクはひとつ落ちると思う」

料金もあっちの方が安い。

 

 

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