松沢呉一のビバノン・ライフ

僕はどうしたらいいんだい?—ムカデと五寸釘 1-[ビバノン循環湯 167] (松沢呉一) -3,701文字-

2010年にメルマガに書いたもの。怪談ではないです。幽霊じゃない方が私は怖い。霊に祟られて死ぬ人は年間一人くらいはいるのだとしても、人に殺される人はその何百倍、何千倍もいますから。太郎君は今も襲われるのではないかと怯えていまして、今回も、彼が誰であるのか、村がどこにあるのかわかるようなことは一切出さないという約束で、「ビバノン」に再録することを承諾してもらいました。写真は、最後の方に出てくる木の写真だけ現地で撮ったものです。舞台がどこであるのか特定できる要素も少しはあるわけですが、探すようなことをしない方が身のためです。そのうち、コーンコーンと木を叩く音が聞こえてきますぜ。

 

 

 

A君の怖い話

 

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友人のA君から紹介された若い男がいる。二十代の好青年だ。ここでは太郎という名前にしておく。

どういう経緯だったか記憶にないのだが、友人Aと太郎君と私の三人で話しているうちに、なぜか怖い話になった。怪談というのではなく、頭がおかしな人という意味合いの怖い話だ。

まずA君が、学生時代に住んでいたアパートの話を始めた。

「大学の時に、先輩の紹介で、古い木造アパートに住んでいたことがある。先輩は二階に住んでいて、一階に空きがあるというので、僕もそこに住むことになった」

先輩の住んでいる部屋の隣からいつも深夜になると部屋の中を歩き回る音がする。この部屋の真下に住んでいたのがA君だ。

「昼間は寝ているのか、僕も先輩も、そこに誰が住んでいるのか、よくわかっていなかった。当然僕の部屋でもいつも夜になると足音が上から聞こえていたんだけど、僕はそういうのをあまり気にしない。でも、その先輩はわりと神経質で、ある夜、あまりにうるさいので、文句を言いに行った」

先輩がノックをしたら、半分だけ戸が開いて、中年の男が顔を覗かせた。

「あのー、足音がうるさくて寝られないので、静かにしてくれませんか」

男は先輩の顔を睨みつけて、何も言わずに戸を閉めた。 「気持ち悪い人だなあ」と思いつつ、伝えることは伝えたので、自分の部屋に歩き出したところで、また隣のドアが開く音がした。振り返ったら、

男がドアの外に立って、手にした包丁をこちらに向けている。

「それで、僕はどうしたらいいんだい?」

先輩は慌てて自分の部屋に入って鍵を閉めた。もう二度と文句は言わないでおこうと思った。

翌朝、先輩は学校に行こうとしてアパートを出た。

「そのアパートの道に面した窓にちょっとした出っ張りがあって、その部屋には、真っ赤なベゴニアの鉢が並べてあった」

先輩が道路に出てそれを見上げたら、そのタイミングで男が窓から顔を出して、「ヨオッ」と明るく声をかけてきた。

「それで先輩は怖くなってそれからすぐに引っ越して、僕だけが残ることになった」

 

 

ベゴニアと「ヨオッ」

 

vivanon_sentenceその話を聞いたA君は、「いくらうるさくても文句を言いに行くのはやめよう」とだけ思って、相変わらず、そのアパートに住み続けていた。

「アパート自体は気に入っていたからね。家賃も安かったし、足音だって僕はあまり気にならなかったし」

ある夜、怒声で目が覚めた。二階からだ。二人の男の怒鳴り合いである。

それまで人が来ていたことなんてなかったのだが、A君は「友だちが来ていて喧嘩になったのかなあ」と聞くともなく聞いていたら、続いてドスン、ドスンとすごい音がしてきた。取っ組み合いになったらしい。

しばらくしたら物音がしなくなって、「やっと終わったか」とホっとしたのも束の間。

「男の声でお経が聞こえてきたんだよ」

「エーッ、殺しちゃったのか?」

「わからないけど、包丁を持ち出すような男だから、そうかもしれない。中に入っていった方がいいのか、警察に電話した方がいいのかって思っているうちに、また寝てしまった」

翌朝。昨夜のことが気になりつつ、学校に行こうと彼はアパートを出て、道から二階を見上げた。ベゴニアの花の向こうから男が顔を出し、A君にこう言った。

「ヨオッ」

先輩と同じだ。ゾーッとしたA君はそれを無視して歩き出した。

「しばらく歩いて後ろを見たら、その男がいつの間にか後ろについて歩いていて、目が合った途端に、いきなり走り出したので、僕も走り出して逃げた。それでもうイヤになって、僕もそのアパートを引っ越した」

私はこう聞いた。

「で、死体はどうしたんだ?」

「わかんない」

「男は頭がおかしくて、一人二役で喧嘩を演じていたのかな」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。寝ぼけた頭で聞いていたから、あの怒鳴り声やお経がどこまで現実なのかもよくわからないんだけど、翌朝追いかけられたのは現実だからね」

 

 

ムカデで死んだ小学生

 

vivanon_sentenceその話を聞いていた太郎君は真っ青な顔をしている。たしかに怖い話なのだけれども、そこまで怯えるほどのことではない。

「太郎君、どうしたの? 体調でも悪いの?」

太郎君は「やっとの思い」といった様子で、こう切り出した。

「僕は特別に追いかけられることが怖いんです。僕も追いかけられた恐怖体験があるので。あんなに怖かった経験はない。今思い出しても震えがきます」

そんなことを言われたら聞かないわけにはいかない。「ひとつ頼むわ」というわけで、半ば無理矢理その経験とやらを話してもらうことになった。

「僕の田舎に大きな神社があります」

その村の名前自体初耳で、神社の名前も聞いたことがなかったが、あとでネットで検索したら、神社のことが出ていた。怪奇スポットとして出ているのでなく、名刹としての紹介である。由緒ある神社なのである。

「もともとそこの神社には不思議な話がいろいろあるんですよ。僕には二歳上のアニキがいて、アニキの同級生がその神社のすぐ横に住んでいました。僕が小学校三年か四年の時だから、アニキと同級生は小学校五年か六年だったと思うんですけど、その同級生が家で死んでいるところが見つかったんですよ。その死に方がおかしいんです。死因はムカデでした」

 

 

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