松沢呉一のビバノン・ライフ

アンパンマンの脳はどこにあるのか—性器切り取り変態絵巻-[ビバノン循環湯 175] (松沢呉一) -3,242文字-

「スナイパー」の連載です。これも十年以上前に書いたものだと思います。性器切断事件の注目すべき点-阿部定を超えるレアな事件」と重複している内容が出てますが、そのままにしておきます。

 

 

 

ドキンちゃんラブ

 

vivanon_sentence私はドキンちゃんが好きで、彼女が望むなら結婚してもいいとさえ思っているため、よく「アンパンマン」を観ています。ドキンちゃんは、渋谷センター街にもいそうなキャラですが、アンパンマンは相当変わってます。

頭がアンパンであること自体、とんでもなく変わっているわけですが、頭部を交換しても、キャラはそのままで、記憶が失われたりもしないんですよ。つまり、頭部のアンパンは燃料タンクみたいなものでしかなく、脳は胸部か腹部か臀部にあるんですよね。

出口顕著『臓器は「商品」か』(講談社現代新書)を読んでいたら、アンパンマンのこの問題から論を始めていて、「この著者もドキンちゃんが好きかもしれない」と思いました。考えることが一緒という以外に根拠はないですが。

臓器は「商品」か―移植される心 (講談社現代新書) 人の心はどこにあるのかと言えば、たいがいの現代人は脳にあると考えています。心臓にも記憶できる神経があって、そのために、心臓移植をした人が、もとの心臓の持ち主の記憶までを移植させられてしまう現象が起きるとの研究もあって(テレビで観たので、信憑性は不明)、簡単に「心は脳にある」とは言えなくなってきているようですが、そうだとしても、「記憶する私」「思考する私」「感情的になる私」は圧倒的に脳が司っていることに違いはありません。

しかしながら、医学的に人体のどこの部位で人が考えていようとも、また、「私」がどこにあると考えていようとも、人は人格とか精神と呼ぶものだけで人として他者に存在を認められているのではありません。

たとえば顔が似ているために人違いをすることはあっても、性格が似ているために人違いをすることは稀です。「見た目」が存在しないネット上の掲示板などでは起き得るでしょうけど、これとて、HNが似ているための人違いの方が多いのではないかと思います。人の内面なんてものは他人にはわからず、変化もするため、そんなもんは判断の基準にはなりにくい。それより見た目。だから、人格の成長や改善に金を出すよりも、化粧や髪型、整形、エステ、服装に金を出すのです。

つまり、「自分自身がどこにあると思っているのか」という主観とは別に、他者を認識するのは見た目だったり、名前のような記号だったりするのです。ロボットが完全に人と見分けがつかない外見を手に入れた瞬間に、ロボットは人になるかもしれない。

なのに、毎回、アンパンマンは人としての最大の識別記号である顔を交換し、なおかつ誰にもアンパンマンであると見なされる同一性を維持しています。アンパンにも出来不出来があるのに。アンパンマンはやっぱりすごいヤツです。好きなのはドキンちゃんですが。

今回のテーマは顔ではなく、性器にこそ人格があると思っている人たちの話です。

 

 

なぜチンコなのか

 

vivanon_sentenceチンコを切ったことで歴史に名を残した阿部定ですけど、男性器を切断した女たちは少なくありません。

「二度と浮気ができないように」と、チンコを切るのはまだわかるのですけど、殺したあとでチンコを切断したり、それを持ち歩くのは、ちょっと理解しがたいところがあります。だって、チンコですよ。独占したいと言っても、殺したらそれまで。一緒に風呂に入ることも、セックスすることも、トランプでスピードをすることももうできないのです。

重いでしょうけど、切断した首を持ち歩いた方がまだ世間体がよく、脳があることでも、また、顔が人間の重要な識別の記号であることを考えても、頭部と離れがたい気持ちの方が理解できます。話をする時は性器に向かって語りかけるのではなく、通常は顔ですし。

それいけ!アンパンマン ベストヒット’17 殺されてチンコを切断された方も納得できないものを感じるように思います。「オレはチンコかよ」って。クンニテク抜群の私はよく「松沢さんの舌だけ持ち帰りたい」と言われますけど、「オレは舌かよ」って淋しい気持ちになります。本当はそうでもないんですけど、世間体があるので、「淋しい」と言うようにしています。

でも、女たちときたら、どうもこのようなパーツで人を認識する傾向があるようにも思え、よく風俗嬢たちは、「顔を見ても思い出さなかったのに、チンコを見て前にも来た客だって思い出す」なんてことを言います。このことと、チンコ切断事件とは関わりがあるのではないでしょうか。

 

 

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