松沢呉一のビバノン・ライフ

セックスしてないとおかしくなっちゃう—六年ぶりの再会-[ビバノン循環湯 176] (松沢呉一) -4,692文字-

十年以上前に四国の風俗誌「Ping!」の連載に書いたもの。単行本「風俗ゼミナール」というタイトルは、もともとここの連載のタイトル。いつものように写真と本文は関係ありません。

 

 

 

バレる人、バレない人

 

vivanon_sentence今まで何度か風俗産業における偶然話を書いているが、東京近郊にある人妻専門ホテルヘルスの店長にこんな話を聞いた。

「うちでもバレたのは何人かいますよ。顔を隠してネットに出ていたのにバレたのもいます。顔を隠していても、ダンナだったら、体型や髪型でわかるじゃないですか」

前に書いたが、顔を伏せた妻の裸の写真を雑誌で見てさえ、わからない人もいるんですけどね。

店長は続けて言った。

「そういうのでバレる人って、家での雰囲気と、店での雰囲気が同じタイプの人ですよね」

家でも色気をプンプンさせていると、夫は喜んだりするわけだが、夫が妻を女として見られるということは、他の男も女として見る可能性があるということだ。そこに嫉妬だとか、不安だとかが生ずる余地があるので、妻の行動に疑いを抱くことがあり、雑誌やネットで写真を見た時に、「もしかすると女房じゃないか」という想像が可能になる。

対して、店では色気を振りまきながら、家ではスッピンでジャージを着て、すっかりお母さんをやっている人だと、夫も女として妻を見ず、色気ヴァージョンの妻の写真を見たところで気づきにくいらしい。

風俗店で働く奥様方はここを意識しておくとバレにくい。

「ダンナの友だちが客で来てしまったこともあるし、ダンナがうちのカードをもっていたこともあります」

夫の財布の中を見ていたら、この店の会員カードが出てきたのだ。店の指名アルバムでは、顔がはっきりわからないように横顔で写真を撮っていたために、夫も気づかなかったらしい。

「彼女はこれ以上は働けないと思って、ダンナに“実は……”と告白して、店を辞めましたね」

何も告白しなくてもよかったと思うのだが、動揺した勢いだろう。いざバレた時に、どういう言い訳をするか、つねに考えておいた方がよさそうだ。

 

 

バレていい人

 

vivanon_sentenceそんな話を聞いたこのホテルヘルスで、入って一週間ほどのさくらさんという新人さんと体験取材することになった。

彼女は顔も裸も撮影OK。からみの写真まで大丈夫だという。その上、メディアは問わず。この時もコンビニ売りの全国誌だった。人妻店で顔出ししているのはだいたいバツイチなので、てっきりさくらさんもバツイチだと思ったのだが、現役の人妻であった。家ではジャージを着て、地味なお母さんをやっているんだろうか。

さくらさんは話好きで、風呂に入りながら、自分のことを隠さずに話してくれた。

「結婚して七年になります。子どももいますよ。でも、夫との関係は冷めていて、セックスは年に一回あるかないかです。去年の秋まで事務の仕事をやっていたんですよ。でも、不況で、どんどんリストラになって。私は当面大丈夫そうだったんだけど、周りがクビになっていって、残った人たちも、次は自分か、みたいなギスギスした雰囲気になってしまって、私は自分から辞めたんです」

退社したはいいが、次がない。残業はできず、休日出勤もできないため、子どもがいる女性の再就職は難しい。そこでこの店に飛び込んだのだ。

「このことがバレてもいいんですよ。離婚してもいいと思ってますから」

風俗だったら、親子二人が食っていくだけの収入は十分に稼げる。もちろん人にもよるが、人当たりのいい彼女だったら、人気が出ることは間違いなしだ。

セックスが一年に一回あるかないかなら、欲求不満の解消の意味合いもあるのかと思ったが、すでにはけ口はもっていた。

「セフレはいますよ。出会い系サイトで知り合った人です。でも、その人とはセックスだけで、再婚したいなんて全然思わない。もう結婚はいいです」

いくら離婚してもいいと思っているにしても、また、再就職が難しいとしても、こんな普通の奥さんがすんなりと風俗で働く時代なのだなあと思ったのだが、彼女にとってこれが初めての風俗ではなかった。

結婚前に風俗経験があって、結婚して仕事を辞め、子どもの手がかからなくなってから再就職先を探してもなかなかなくて、風俗に戻ることはよくある話。とくにこの不景気な時代にはこういう人が増えていることだろう。しかし、彼女の場合は、結婚してからすでに風俗を経験している。

「子どもが生まれてから二年くらい働いていたんです」

その時は奥様専門店ではなく、若い子たちのいるイメクラである。

 

 

六年前に会っていた

 

vivanon_sentence風呂から出て、タオルで体を拭いてもらいながら、彼女がいた店の名前を聞いたら、今はもうないが、取材で何度か行ったことのある池袋の店だった。

「へえ。あそこにいたのか。何度か取材したことあるな。あれ? もしかすると、会ったことがないか」

そう私が言ったら、彼女は嬉しそうな顔をして同意した。

「やっぱりー! そうですよね。私も最初に顔を見た時、どっかで会ったことがあると思ったんですよー。カラオケボックスに行きましたよね」

 

 

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