需要が見えない私の本を出すおかしな出版社—新潮社の不思議 2-(松沢呉一) -2,754文字-
「本年も新潮文庫から新刊が出ます—新潮社の不思議 1」の続きです。
新潮社の特性はここか?
年末に、「ああ、新潮社の特性はここだな」と気づくことがありました。
キングコング西野のブログ「まだ『情報公開』とか言ってんの?」を受けて、Facebookに、以下を書きました。
正しい。
こういう考え方は私も早くからやってます。もう十年以上前、ポット出版で「予約投票」というのをやりました。本の候補を並べて、予約をしてくれた人が百人になったら本にし、予約してくれた人の名前を本に入れるというアイデアです。何を本にするのかの決定権を読者に委ねることで巻き込む。
しかし、十タイトルくらい出した私の本の候補はどれも百人予約が集まらないという悲しい結末に。熱心な読者は百人もいないことに気づいていなかったことが敗因です。
その時に、それぞれの候補の原稿を一部公開していて、それを見ていた新潮社の編集者が「本にしたい」と言い出して、十年以上の歳月を経て形になったのが『闇の女たち』 だったので、無駄にはならなかったんですけどね。ちなみに、その時に公開していたのは別府の雪さんのインタビューでした。
書店主導で『ぐろぐろ』 が増刷された時には、新刊でも書店が「何を出すのか」を決定し、それから版元を探すという仕組みを考えて、企画書までは作ったのですが、独自で全国の書店を束ねるのがあまりに大変だということがわかって挫折しました。
いつもアイデアはいいんですけど、詰めが甘い。
そこから学習したことは、余計なことを考えず、普通に本を出した方が効率がいいってことです。そろそろ来年の文庫の作業に入るかな。
キングコング西野の書いていることは、今の時代には共通認識になりつつあるとは言え、それをきれいに、わかりやすく、面白く言語化することはそれほど容易くはない。彼はたいしたもんだと思います。それに引き換え、頭を使って考えずに、ルーティンワークをやっている業界人はたしかにダサい。
私自身、早くから、「読者を共犯にする」という考え方を実践してきています。文字数の制限をつけつつ、自著の転載を自由にしたり。批評目的ではないのに、つまり引用ではないのに、本からコピペをすることは恒常化しています。だったら、ただパクるのではなくて、著者名、出典をしっかり明記することで、宣伝に協力させた方がいいという考えです。
Facebookに出した例のうち、後者は書店が積極的に売りたくなる、あるいは売らざるを得なくなるようにする作戦です。掛け率は書店に相当有利。一方、版元もリスクなく出版できるナイスアイデアです。
そのためには、全国で最低三十軒程度の中堅以上の書店に参加してもらう必要があります。そのくらいは集まると思ったのですが、書店に打診したところ、そこは好感触を得られたものの、一部を除いて、書店は横のつながりが薄くて、私が企画書を持って全国の書店を回って説得するしかなさそう。
私はたった一冊の本を出したいだけなのに、えれえ手間と金がかかることがわかって諦めました。実現しても、私の本は選ばれない可能性も高いですし。私は私でダサい。
「予約投票」の失敗
「予約投票」は読者を巻き込んでプロモーションに協力していただくとともに、これ自体をプロモーションにするという考えです。
しかし、まさかこうも私の人気がないとは予想してませんでした。クラウドファンディングのように「金を出せ」と言っているのではなく、予約をするだけなのに。しかも、正式の予約は定価が決定してからで、その段階でキャンセル可という条件だったのに、やっぱり私はダサいです。
自信満々で世に問うた企画だっただけに、けっこうなダメージを食らいました。
詳しいことは覚えてないですが、街娼のインタビュー集と「日本街娼史」を別々に候補にしていたかもしれない。もちろん、どっちもダメ。全部ダメだったんですから。
予約した人が百人いなかった段階で、この本には、あるいは他の候補にも、需要がないことははっきりしていたわけです。言い換えると商品価値がない。
大きい出版社だとこんなことはやらないですから、リアリティのない仮想ですが、この「予約投票」をもっと大きな出版社がやって、多数の書き手の候補を並べ、その中にはそこそこ人気のある書き手もいて、宣伝もしっかりやって、ということであったなら、これ自体、うまく回った可能性は十分にあったでしょう。
そうすれば、全体の投票も底上げされたと想像するのですが、もっと大きな出版社がやるんだったら、百人じゃなくて三百人を目標として、他の著者は続々決定し、私の本は三百に届かないといった結末が見えます。アイデアを出しても、なんの得にもならずに終わりそう。ダサい。
キングコング西野は成果を出しているからダサくないのであって、人気なし、評価なし、実績なしの人がいくら同じようなことをしてもたいていダサいことになります。気をつけましょう。
しかし、Facebookにこれを書いている時に、「新潮社はなぜそんな書き手のものを出すのか」が少し見えてきました。
(残り 745文字/全文: 2880文字)
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