『夫のちんぽが入らない』と『妻のまんこに入らない』—新潮社の不思議 3-(松沢呉一) -2,906文字-
「需要が見えない私の本を出すおかしな出版社—新潮社の不思議 2」の続きです。
『夫のちんぽが入らない』の魅力
年末、新潮社の担当編集者である岑さんと次の文庫について打ち合わせをしました。だいたいの話が終わって、雑談として、こだま著『夫のちんぽが入らない』の話題に。扶桑社が版元ですが、他社の編集者も気になるところでしょう。
この本は1月18日発売。1月6日現在ですでにAmazonの順位が100位以内という数字が出ています。
このタイトルはひっかかります。何かあると思わせる。あざといとも言えるのだけれど、このタイトルをそのまま本のタイトルにするのは相当に勇気が必要だし、編集者も社内の説得に苦労したのではないかと想像します。
昔の女子は「ハートのエースが出てこない」と悩んだわけですが、今時の女子は「夫のちんぽが入らない」と悩みます。昔から、夫のちんぽが入らないと悩んだと思いますが、それをタイトルにした本を出す時代。素晴らしいですね。
このタイトルがひっかかるのは、まずは「ちんぽ」という言葉です。「夫の性器が入らない」だとここまでのインパクトはない。「夫のちんこが入らない」も弱い。ちんこはもともと幼児語として使われることが多かった言葉なので、猛々しく勃起した状態をイメージさせず、「夫はEDで勃起しないんだろう」と思われてしまう。
女が「ちんぽ」という下品なワードで悩んでいるところにおかしみと哀しみがあります。
しかし、このタイトルがひっかかるのはただ「ちんぽ」という言葉を使っただけではありません。その状態、その理由が気になる。
以前、処女のヘルス嬢に話を聞いたことがあって、彼女は「骨の異常で膣が狭くて、挿入ができない」と言ってました。心の準備はできているのに物理的に入らない。
恥骨が膣側に飛び出しているらしくて、「どれどれ」というので、見せてもらいました。膣の中のことなので、その異常はよくわからず、処女の性器を見ただけでした。チンコ以外の、もっと小さいものは入れているので、とくに処女らしい特徴はありませんでした。
風俗嬢はたくさんセックスをしていると思われているため、「処女の風俗嬢」というのもひっかかるのですけど、「夫のちんぽが入らない」はもっとひっかかります。
ただの「ちんぽ」ではない
例外はあれども、夫婦というのはセックスをするものです。両者ともにセックスをしないことに納得していたら別として、通常なされる範囲のセックスを拒否し続けたら、正当な離婚事由にもなりそうです。
結婚して何年もすると、しなくなる人たちはいっぱいいますが、結婚前に、あるいは結婚してからしばらくはセックスをするわけです。なのに、ちんぽが入らない。入らないのに結婚したのだとすると、それもまた興味がかきたてられます。
恋人が事故で下半身不随になって、セックスができなくなっても結婚することはありそうですし、セックスに興味のない人たちが合意して結婚することもありそうですが、そうではないとしたら、どうして結婚したんだろう。それとも急に入らなくなったんか。そんなことがあるんか?
といったように、「膣の異常で彼氏のちんぽが入らない」「結婚三年、夫のちんぽを入れたくない」ということはまだしもあるとして、「夫のちんぽが入らない」はどういうことなのか事情がわからず、想像を深めます。
岑さんはすでに『夫のちんぽが入らない』を読んでいて、ざっと説明してもらいました。ネタバレになるので書かないでおきますが、実のところ、この本においては、それはエピソードのひとつでしかなくて、不幸が次々と押し寄せてくるらしい。
この本は確実に売れるでしょう。立場上、私も買わないわけにはいきません。
広告掲載を拒否する新聞はあるんだろうか、あるいは「ちんぽ」を伏字にして出すんだろうか、「紀伊国屋の売り上げベストテン」を出している新聞はどうするのだろうか、お硬いメディアは書評を出す際にどう処理するのだろう、それとも無視か、店頭ポップはどうするんだろうか、などなど、興味は尽きません。
『妻のまんこに入らない』を出すか否か
この流れで私は新潮社の秘密について思い出して、岑さんにこう聞きました。
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