松沢呉一のビバノン・ライフ

日本女性の体型はどう変化したか—女体調査 1-[ビバノン循環湯 196] (松沢呉一) -3,298文字-

「醜い日本人・美しいアイヌ」に書いたように、明治の初期、日本にやってきたイザベラ・バードは日本人の見た目について徹底的にこき下ろしています。「西洋人基準で他文化を批判するようなことを書くなよ」と言いたいところですが、これはしょうがないと思います。今の日本人の基準でも見ても、当時の日本人は貧相で見栄えが悪いのです。これは食生活を中心とした環境によるところが大きくて、それが改善されるとともに体格もよくなっていきます。

日本人の身長と体重が横ばい傾向に入ったのはほんの十年ほど前のことで、それまでは凸凹はありつつも、なだらかに増えてきました。戦前生まれよりも戦後生まれの方が体格がよく、私らの世代より、昨今の若者の方が体格がいい。今もなお「子どもの身長が親を越えた」という家庭が多いかと思いますが、すでに食生活や環境による改善は終了していて、これからはいつまで経っても親を抜けない子どもが増えていきます。

今回は若い世代がどれだけスタイルがよくなっているかを実測したものです。1998年、「BUBKA」の連載に書いたもので、「乳と陰毛調査チンコ調査」の続きとも言えます。

日本人の体型はこの頃からはほとんど変化していないはずです。なんで女だけが対象なのかと言うと、古い詳細なデータが女しかなかったからです。それと、その方が読者受けがよく、私も楽しいからです。今だと若くてかわいい男子も裸にして測りたい気もします。

 

 

 

飛躍的に変わった日本人の体型

 

vivanon_sentenceこの私、エロに関してはなんでもかんでもコレクションしていて、裸やハメハメの古い生写真も相当な数持っている。明治時代には、お妾さんや芸者をモデルにしたヌード写真が早くも撮られていて、味わいはあるんだが、スタイル悪いんだ、どいつもこいつも。

なにより昔の日本女性に顕著なのは、頭部のデカさ、乳の形の悪さ、ケツのデカさ、足の太さと短さだ。

戦前の芸者の写真(こちらは着衣)もコレクションしていて、なかなかの美人さんやかわいこちゃん(死語)もいるんだが、こんな体をしているかと思うと、センズリする気もなくなる。戦前の芸者の生写真でセンズリこくこたぁないか。

正確には、明治以降、ずっと日本人の体型は改善され続けてきたため、一言に戦前と言っても、明治初期と後期では違うし、大正と昭和でも違うのだが、昭和初期でも、今とは比較にならず体型は貧相である。

そういう写真をずっと見てから、今時の娘っ子を見ると、あーら不思議、どいつもこいつもスタイル抜群。背は高いし、顔は小さいし、乳はデカくてきれいだし、足は長くて細いし、ウェストは締まっているし。

※図版は明治時代の写真。顔の大きさと体の貧相さがわかろう。

 

 

明治時代の日本女性は六頭身だった

 

vivanon_sentence日本人女性の美を探究した欧米人は何人もいて、ことごとくが「顔はいいけど、スタイルはいただけない」といった感想を記述している。

例えば女体美研究の世界的権威であるドイツ人、C.H.シュトラッツ(一八五八〜一九二四)は、一八九〇年代に来日し、日本娘の肉体を研究している。シュトラッツは、日本女性の顔立ち、仕草、表情、首、肩、腕、手、肌を褒め称える一方で、こんなことを書いている。

 

頭が身体に比べいつも大き過ぎる。

足が短過ぎ、胴が細過ぎる。

C.H.シュトラッツ著/高山洋吉訳「女体美体系」3巻『女体の人種美』(一九五三年・同光社磯部書房)より

ウエストが細いのはいいことではないかと思うが、ここでの「胴が細い」というのは、下半身の太さに比して、上半身が貧弱ということであろう。

この指摘には一世紀のちの私も納得せざるを得ない。農作業に向いているんだと思うのだが、重心が下にあって、腰や足がどっしりしているのに、上半身は子どものようである。

しかし、日本が近代化されるとともに栄養や生活環境が変化して、日本人の体はどんどん向上する。

一九三〇年(昭和五)、全国の新聞社が主催して開かれた「ミス日本」で選出された「昭和十美人」の平均身長は148.6センチ、平均体重は54.8キロ。この当時のミスコンテストでは写真選考が主のため、顔が重視され、スタイルはほとんど問題にされていない。従って、身長、体重とも当時の日本女性の平均にほぼ等しいと想像できる。こんなスタイルでは、今ならチビデブと言われかねないが、それでも明治時代に比べると、体型は向上しているのだ。

※図版は高橋鐵著『美しき肢体』より。

 

 

敗戦後すぐでも体重がある不思議

 

vivanon_sentence戦後になると、飛躍的に日本人の体格はよくなる。戦後間もない一九四六年(昭和二一)の夏に行われた「ミス日本コンテスト」で上位十位に選ばれた女性らを細かく測定した記録が、戦後の性学をリードした高橋鐵の著書『裸の美学』に出ている。こんな数値を計ったくらいだから、戦後になって初めて、美人を決める基準としてスタイルが意識されるようになったことがわかる。

 

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