松沢呉一のビバノン・ライフ

歌舞伎町の怖い話—飲み屋街の怪談 2-[ビバノン循環湯 199] (松沢呉一) -4,011文字-

新宿二丁目の怖い話—飲み屋街の怪談 1」の続きです。

 

 

 

花園神社の殺人事件

 

vivanon_sentence新宿二丁目での怪談採取は切り上げて、急遽ゴールデン街へ向かった。こちらは青線時代から建物もおおよそ当時のままだ。二丁目のように、経営者と客の入れ替えはなく、過去と現在が直接つながっている。マイノリティ特有の事情とも関係がない。こっちには幽霊がゴロゴロいるだろ。

若いマスターに聞いた。

「見たことないですねえ。聞いたこともない。幽霊じゃない怖い話はありますよ」

またか。

「昨年暮れに花園神社で殺人事件がありましたよね」

ゴールデン街に隣接する神社である。十二月十一日の明け方、境内で頭をハンマーで割られた男の遺体が発見された。間もなく職務質問で犯人は逮捕された。彼らは大学時代の友人同士で、たまたま花園神社を殺人現場に選んだだけで、ゴールデン街に縁のある事件ではない。

続いては、ゴールデン街の中で起きた話。こちらも昨年のことである。

「夫婦でやっていたキャッチバーがあった。奥さんが体が弱くて、何度も倒れている。そのたびに客や通行人が救急車を呼ぶんですけど、救急車に乗ってすぐに意識が戻って、救急車から這いずり出てくる。救急隊員と押し問答をしているところを何度か見てます」

病院に行くと金がかかる。金がないので、その前に命がけで脱出するのである。

「そんなことを繰り返していたので、奥さんが亡くなりまして、それ以降、旦那さんが一人でやっていたんだけど、そのうちこの辺一帯で異臭が漂いはじめた。一週間くらいして、あの店じゃないかということになった。換気扇が回しっぱなしになっていて、そこから臭いが出ている。中で旦那さんが亡くなっていて、自殺だったと言われてます」

「夫婦の幽霊が出るでしょう、出ないはずがない」と聞こうと思い、その店の場所を教えてもらった。現在はすでに別の店が営業していたのだが、二日連続お休みで、話を聞くことはできなかった。早くも夫婦の怨霊に取り憑かれて閉店したに違いない。幽霊が出て欲しいあまり、なんでもそっちに結びつける私。

※上から見たゴールデン街。その向こうに見えるのは花園神社。

 

 

幽霊はいないよー

 

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ゴールデン街でも幽霊についての話を聞くことができず、さらに移動。

歌舞伎町でもっとも幽霊がいそうなのは風林会館の南側にある路地だ。戦後の闇市時代の雰囲気がなお残る。中華料理屋やスナック、立ち飲み屋が狭い一画に立ち並ぶ。

ここにある上海料理店「上海小吃」に立ち寄って、上海出身のママに聞いた。

「幽霊はいないよー」とママは甲高い声で言う。

「でも、前にその裏の北京料理屋で殺されたのがいるよー」

これは1994年にあった事件。上海グループと北京グループの抗争によって起きた「快活林事件」と呼ばれる殺人事件のこと。ここでもやっぱり幽霊より生身の人間の方が怖いようだ。

ここで編集者とメシを食べていたら、隣のテープルに日本人と中国人の七人ほどの男女がやってきた。見た目もそうだし、話の内容から、そのスジの人たちである。

「前は三万、五万と毎月金をとって、二百万くらいになったけど、今はもうダメだね」

みかじめ料のことのよう。

「すぐそこで青龍刀を振り回した事件もあったしね」

「快活林事件」の凶器は包丁だが、青龍刀だったと信じられている。

パリジェンヌでも銃撃があったな」

パリジェンヌは風林会館にある喫茶店で、そのスジの人たちがよく利用しており、我々の間では「ヤクザ喫茶パート1」と言われている。

この時のことはよく覚えている。中国マフィアと住吉会が抗争を繰り広げていて、中国人パブでの銃撃でも死者が出た。

私は職務質問をされることが滅多にないのだが、この時ばかりは歌舞伎町で職質をされた。職質と言っても、警官はやけに低姿勢で、「何か知りませんか」と情報を求めてきた。私は格好はラフだが、顔つきが怖いので、「休日の親分」と言われていて、警官もそのスジの人間だと思ったよう。

こんな話が次々出てきて、私と編集者はただ黙々と料理を食べるしかなくなった。

彼らは日本の組関係者と中国マフィアのようである。今は蜜月なのだ。この店に限らず、メシ屋、喫茶店でそういった人々と隣合わせになり、現金のやり取りを目撃することもある。歌舞伎町というのはそういう場所だ。こんな場所では幽霊が生きていける余地はないのであった。

※ムックに掲載されたのは以上。以下はメルマガに書いたもの。

 

 

後日談

 

vivanon_sentence締め切りまでに決定的な話を拾うことができないまま、原稿を書きあげた。怪談ではない怖い話はいろいろ出てきたのでまあいいかということなのだが、本来の目的を果たせなかったための不完全燃焼感が残ってしまい、それ以降も怪談の採取を続けている。

ブルボンヌとしてラジオやテレビでも活躍し、二丁目で店もやっている斎藤靖紀も自分の体験としてはまったくなくて、「二丁目は怪談が案外ない街かもしれない」と言っていた。ホントにそんな印象なのである。

元遊廓・赤線で、墓が多い絶好の環境だから、なんかありそうなのに、ほとんど聞かない。 ゴールデン街も同様。怖い話は生身の人の話ばかり。

人はどうしても怖さを渇望するのだとしても、人がようけ死んでいる街では、怖さは十分に供給されている。そういう場所では怪談を必要としないのではないか。

伝聞では「ハッテン場で三十センチくらいしかない小さな人の姿が見える」みたいな話が少しは出てきたが、それってデッカいチンコじゃねえの? クスリをキメているのもいるしなあ。

本人が体験した話としてはたったひとつだけ幽霊系の怖い話をやっと聞くことができた。

 

 

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