松沢呉一のビバノン・ライフ

芸妓・ダンサー・女給の言葉—女言葉の一世紀 4-(松沢呉一) -3,556文字-

半世紀前に生きるジャーナリスト—女言葉の一世紀 3」の続きです。

 

 

戦前の女言葉

 

vivanon_sentenceとくに目的があったわけではなく、私の愛読誌である「」(文藝春秋社)昭和10年3月号を読んでいたのですが、今は女言葉が気になるので、そのチェックをしてしまって、なかなか読み進めない。

この頃の雑誌では、あちこちに女言葉が出てきます。事務員であれ、店員であれ、女学生であれ、女たちはほとんどの場合、女言葉です。

とくに本号に掲載された「芸妓・女給・ダンサー 『話』の会」を読むと、当時の言葉遣いがよくわかります。

これは、芸妓三名、ダンサー三名、カフェー等の女給五名が参加した座談会です(これを読むまで知らなかったのですが、しばしばカフェーとしてこの時代のものに登場する「コンパル」はカフェーではなく、女給は同席せず、酒も出ない「喫茶店」でした。一般の用語としては、そういう店も「カフェー」と呼ばれていたわけですけど、女給自身はカフェーではないと認識)。

テーマは「此頃のお客を語る」で、26ページもあるため、話は飛びつつも、時代を反映して、おおむね皆さん、「昔の方がよかった」といった内容を語っております。いつの時代も「昔はよかった」と言われるわけですが、昭和十年だととくにその感慨は強かったでしょう。

 

 

カフェーやダンスホールへの締め付けが強化される時代

 

vivanon_sentence昭和十年だと、風紀取締はまだ序の口であり、矯風会や婦人団体が風紀の乱れを街頭で正すようなことはしていなかったはずですが、すでに学生はダンスホールやカフェーに出入りできなくなり、入れるのは「今春(コンパル)」のような喫茶店のみ。実際には、学生服を着てなければわからず、彼女らも気づかないフリをするという話まで語られています。

この翌年には大量に学生が検挙される事件があり、矯風会はそれにリンクするように黎明会をスタートさせて、学生の風紀の乱れを矯正し、戦時に向けた体制作りに邁進していきます。矯風会のことですから、警察の尻を叩いて学生たちを検挙させるくらいのことはやっていたかもしれない。

客と店の外で会うと警察に連行されるようにもなってまして、帰りに店の外で客と会った際に立ち話をしているだけで警察に連行されたという話も出ています。金や権力のある連中が客の芸者は別扱いで、そうしたところで問題がなかったそうですが。

かつてはカフェーの女給やダンスホールのダンサーたちは、客と外で会ってアルバイトに精を出していたわけですが、それもできにくくなって、会う場合は、別々に帰って、どこかで落ち合うという方法をとっていました。

こんな時代ですから、お座敷遊びでも、昔のように座敷を田に見立てるような客はいないという話が出ています。ここでは説明されていないのですが、これは昔の大尽遊びとしてよく例に出るもので、当時の人たちは説明なしで理解できたのでしょう。

座敷に豆腐を敷き詰め、そこに丸めたお札を突き刺しておき、芸妓たちは着物の裾を上げて、口で稲刈りをするのです。あるいはお札を敷き詰めて、その上に銀貨を重ね、銀貨をよけてお札を探す遊びをする。裾がめくれるのが色っぽいというわけです。

もちろん、成金のゲスい遊びであると当時から蔑視されていたわけですけど、そういうことをやる人たちもいなくなり、ご祝儀を弾む客も減って、新橋では軍人の客が増えたと言ってます。

 

 

芸妓・ダンサー・女給の女言葉

 

vivanon_sentenceその内容について触れているとキリがないので、この辺で切り上げるとして、当時は速記者がついていて、語尾までを正確に記録していたのか、人によって言葉遣いが微妙に違います。

 

井澤 暮れの方がよござんした。お正月になってからずっと悪いんです。

 

井澤英子はダンスホール「銀座」のダンサー。

 

浜龍 ええ、二人をとても可愛がって下さるんですよ。色気がなくてよござんすわ、皆さん。

 

浜龍は芸妓です。芸妓三名はいずれも新橋で、置屋も同じっぽい。調べればわかりますけど、そこまでする必要もないかと。

ござんす」は「ございます」の略で、ただの丁寧な言い方ではなくて、多くの場合、へりくだった江戸弁で、男女ともに使用しますが、この言い回しを使っているのは、井澤英子と浜龍のみ。この頃でも使われている例は少なくないですが、いくぶん古い印象の言い回しだったかと思います。

そういう言葉遣いを実際にしたのだろうと推測できますし、女言葉もまた実際通り、あるいはそれに近いものだろうと思われます。

 

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