松沢呉一のビバノン・ライフ

山頂で欲情する人たち—『夫のちんぽが入らない』に出てくるアリハラさん-(松沢呉一) -2,892文字-

 

山頂でオナニーをする男

 

 

vivanon_sentenceこだま著『夫のちんぽが入らないを読んだ方は、「アリハラさん」という三十代の男が登場したことを覚えているかと思います。

 

 

彼は山に対して異常な性的興奮を覚える人だった。冗談を言ったり、変人を装ったりする人ではない。とても静かで真面目な人だった。

だから、誘われて初めて一緒に登った山の頂で、いきなり彼が自慰を始めたとき、私はただ呆然と立ちすくむしかなかった。アリハラさんがおかしくなってしまった。もしかして、これが高山病というやつなのか。彼は大きな岩に腰掛けて、感情を持たない化け物のように高速でちんぽをしごいていた。その尻だけがとても白かった。

(略)

ファスナーをすっと引き上げ、シャツを直したアリハラさんは、私の方を振り返って「コーヒー飲む?」と尋ねた。ようやくこっちの世界に戻ってきてくれた。その仕草があまりにも自然すぎて、さっき見たものはまぼろしだろうかと疑った。

 

 

ワケがわからないでしょう。

これ以降もアリハラさんは、何度か山で同じことをするのですが、いつも「私」は立ち会うだけです。

そのあと車の中で「私」との接触がありますが、これも山に行けない代償です。「私」の肉体は山の代わり。

アリハラさんは職場の人間関係で悩んで精神を患って、しばらく休職し、復職したばかりの人であることの説明があるので、そのための異常行動であるかのようにも読め、著者自身そう思っているふしがあります。

そういった経験によって、彼の欲望が歪んだ可能性もあるでしょうけど、そんな状態じゃなくても、山で性的興奮を得る人は実在します。私の極々近いところにも一人います。

 

 

初日の出でオナニーをする元氣安

 

vivanon_sentence芸人の元氣安がそれです。彼もまたオナニー向きの山を見つけると、その頂上でオナニーをします。意味がわからないでしょ。私もわかりません。でも、そういう人たちが存在することはすでに理解しています。

通常は性的ではない刺激で興奮を覚える人たちが存在します。その刺激は人によっていろいろですけど、元氣安はネコの腹をいじりながらオナニーができます。初日の出を見ながらオナニーができます。

この時に、エロい想像は必要ないのです。それ自体の気持ちよさで勃起します。フェチというのはそういうものです。女王様が履いているヒールに踏まれて興奮するだけでなく、ヒールそのもので完結する人たちがいます。人は必要がない。

「ヒールを履いた女王様に踏みつけられたい」または「ヒールを履いた女王様が好き」→「女王様が履いたヒールが好き」→「履いた人がいなくてもヒールが好き」という順番でフェチ度が高まるわけですけど、それでもヒールであれば履くものですから、人とのつながりがあります。

この先には、ラバーだったり、レザーだったりの感触そのものが性的快楽に直結する人たちがいます。

アリハラさんの場合は、「私」がそこに立ち会うことによって、「山に欲情する俺を女に見られていること」で興奮している可能性がありますから、まだしも人が存在していますが、元氣安はそれも必要がありません。ピュアです。

 

 

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