松沢呉一のビバノン・ライフ

女学生が「ボク」と自称した時代—女言葉の一世紀 11-(松沢呉一) -2,815文字-

血桜団のお龍参上—女言葉の一世紀 10」 の続きです。

 

 

 

「不良狩り」にひっかかった高等女学校の生徒たち

 

vivanon_sentenceここまで武内真澄著『猟奇近代相 実話ビルディング』(昭和8年)から、女言葉について見てきたわけですが、この本ではもうひとつ見ておくべき重要な記述があります。

八階「当世制服の処女行状記」に出てくる「浮気稼業団長ノッポのお梅」は、神楽坂のバーに入ってきた女二人男一人の三人組が酔っぱらっているところから始まります。

 

 

三人はなみなみと注がれたウイスキーを一気に乾してどったり椅子に腰を落とした。

「愉快愉快、ボク今夜とても愉快だ、さあ唄はう」

「酒呑めよゥ、酒呑めよゥ」

「ハッハハ……さァ大いに呑もう」

「モチよ」

女は、二人とも十八九歳、男は二十五位だらうか。

 

 

最初の「愉快愉快、ボク今夜とても愉快だ、さあ唄はう」が男の言葉だとすると、次は女、次は男、次は女ということのようです。「もちろん」を略した「モチ」というのも当時よく若い女子が使っていたフレーズで、戦後も見られますし、男が使っていることもあります。「-よ」とは言わないでしょうが。

つまり、「酒呑めよゥ」は女が言っていることになって、相当酔っているようです。

しかし、そうではないのかも。

 

 

「ボク」と自称する女たち

 

vivanon_sentenceはっきりと書かれていないのですが、どうも男は酔いつぶれたようで、そのうち、女二人と、他の客とのやりとりが始まります。

 

 

「ああもうすっかり酔払っちゃった、ボク」

狐の襟巻をした女は、すらりとした上半身をだらしくなくくねらせて片肘をテーブルの上に突いた。

「ちぇっ、駄目だなァ、しっかりしなよ」

連れの女が軽く背中を叩いた。

「お嬢さん、大分いい御機嫌ですね」

直ぐ隣のテーブルを囲んだ四五人のサラリーマンのうち一人が声をかけた。

「ええ酔ってよ、何だったらお交際(つきあい)しませうか」

「ホウ、それは話せる、ぢゃ一つ差さう」

隣の客の一人が杯を乾して、女の方へ差出した。

「アラ、そんなしみったれたのは真平よ、私洋酒がいいわ、ブランデーを戴かうか。ねェ、ちょいと、ボクにブランを、おくれよ」

 

 

ここでの「ボク」は女なのです。森田童子の半世紀くらい前から「ボク」を使う女たちです。

 

 

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