松沢呉一のビバノン・ライフ

売春する女教師—女言葉の一世紀 9-(松沢呉一) -2,789文字-

女学生の桃色遊戯集団「小鳥組」—女言葉の一世紀 8」の続きです。

 

 

転落する女たちに注目した実話誌

 

vivanon_sentence前回、武内真澄著『実話ビルディング』(昭和八年)から転載した例は、不良少女と言っても、「桃色遊戯」ですから、エンコ(浅草)名物の不良少女団とはまた別種です。

戦前の不良少女ものはけっこう読んでますが、喧嘩や恐喝の時は別にして、案外、言葉遣いはおとなしいもので、普段は蓮っ葉ながら女言葉だったりします。川端康成の『浅草紅団』はすぐに見つからないので、また確認したら報告するとして、覚えている限り、少女らしい言葉遣いだったはず。前々回出てきたおちゃっぴいな女言葉に近かったかもしれないなお、「おちゃっぴい」は江戸時代から使われている古い表現です。

また、雑誌に出ているものや『実話ビルディング』のような本に出ているものは、多くの場合、「女学生」「上流階級の奥方」といった地位から、不良少女、不良妻への転落ぶりが面白く、そうじゃないと記事になりにくい。

不良に限らず、最初から底辺にいる女たちが桃色遊戯や不倫をしたところで意外性はないわけです。

その意外性に満ちた「転落ぶり」の典型は、「喫煙室/變態世相暴露實話」と題された章に収録された「驚くべき二重生活女ハイド 昼は敎壇に夜は暗に咲く花」です。

言葉遣いは今まで見てきたのと大差はないのですが、今に通じる話でもあるので、ついでに詳しめに触れておきます。

 

 

教師・女給・売春

 

vivanon_sentenceタイトル通り、昼は教師、夜は女給として働いていた女が逮捕されたという話。

東電OL事件を思わせます。あれも「転落ぶり」が好奇心を刺激した事件ですけど、こちらの原稿では、佐野眞一のように「心の闇」なんてものを持ち出したりせず、彼女が売春をするようになるまでの経緯をストレートに説明しており、よほど納得しやすい内容になってます。

久松とし子は佐賀県に生まれます。一家は和歌山県に移り住み、成績優秀だった彼女は和歌山県随一の高等女学校を卒業し、銀行員になります。当時、高等女学校を出て銀行員になるのは女子の中ではエリート中のエリートかと思います。

しかし、失恋を機に「あたしは、もう結婚など一生いたしません。自分で勉強して独立します」と両親に宣言して家を出て、千葉県で肺病の兄の面倒を見ながら教員生活を始めます。

やがて兄の治療費がかさんで借金がふくれ、東京に出て、月島第二尋常小学校の教員に。

当時、月島周辺には港湾労働者や水上生活者が多くいました。その子どもら専用の霊岸小学校もあり、月島小学校もまた貧困家庭の子どもが多く、金がないことの苦しさを自身だけでなく、子どもたちを見て実感し、彼女は新聞の求人広告を見て、教員とバーの女給の二重生活に入ります。

 

「さうだわ、あたし達は昼は学校があめが、夜は暇だから、これを利用するには女給が一番だわ。女給なら金がたんまり取れるだらう。早く気がつくとよかったのに、先生などしてゐるから社会にうとくて駄目ね」

 

子ども相手の教員をやっていると世情に疎くなるのは『夫のちんぽが入らない』のこだま夫婦にも言えます。

 

 

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