松沢呉一のビバノン・ライフ

言葉が汚い女はあばずれ—女言葉の一世紀 12-(松沢呉一) -2,538文字-

女学生が「ボク」と自称した時代—女言葉の一世紀 11」の続きです。

 

 

 

悪い言葉遣いの筆頭が女の「ボク」「キミ」

 

vivanon_sentence新らしい女子礼法の手引』以外にも、「ボク」が広範囲で使用されていたことを示唆する文章があります。

以下は、国民礼法研究会編著『昭和の国民礼法』(昭和16年)より、言葉遣いを解説した文章から。

 

レビューや外国映画などの悪影響から、女学生間に流行した「キミ」「ボク」などといふ会話、さては博打仲間の用語などが平気で日常の会話に使はれたり、家庭に持ち込まれる等、最近の若い婦女子、青年、学生の言葉は非常に悪くなり、どれが正しい使ひ方なのか弁えないのか混乱し切ってゐる。これ等の人の話す言葉を聞いてゐると、その人の人となり、その家庭なり、交際する友人なり、読書、娯楽、趣味等々が察せらて不愉快になる位である。

言葉遣いを知らないかと云へばさうでもなく、丁寧な言葉も知ってゐるのであるが、遣ひ方が分からないのである。一例を挙げると、友人を待ってゐる女学生などが、よく遅れて来る友人に、「あら、山本さんがいらっしったワ」と云ふかと思ふと、「田中先生が来たわよ」といふ調子で、使ひ方が間違ってゐる。キチンとした服装の立派な女性が「話せないなァ」とか「バカァ、のしちゃうぞ」「なにしてんのサ」などと云ふ乱暴な言葉を使ったら如何であらう。直ちにカフェかバーのあばずれ女ではないかと蔑視されやうし、どんな美人でもそんな言葉を平気で使はせる家庭ならその躾け方もそこが知れるので、お嫁にもらふなど真ッ平だと断はる家庭が多いであらう。

 

女学生間に流行した」と過去形になっています。「レビューや外国映画などの悪影響」は、これ以降挙げられている言葉の乱れ全体にかかっているのでしょうが、前回書いたように、女学生の「ボク」「キミ」についてはやはり少女歌劇を筆頭としたレビューの影響がありそうです。

直接レビューを観て真似ただけではなく、男役は雑誌などのインタビューでも、「ボク」と自称している例がありそうです。今後古い雑誌を読む際に気にしておきます。

前回取り上げた「浮気稼業団」が掲載された『猟奇近代相 実話ビルディング』は昭和8年発行であり、雑誌に掲載されたのはもっと前です。「ボク」「キミ」が流行ったのはおそらく大正から昭和にかけての数年間であり、矯風会や婦人団体の活動、あるいは町内会や学校での締め付けが強まるにつれ、また、レビュー等の表現物に対する規制が強まって、昭和16年までには「ボク」「キミ」は駆逐されていた可能性が高そうです。

 

 

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