松沢呉一のビバノン・ライフ

長屋における夫の呼称—女言葉の一世紀 18-(松沢呉一) -2,650文字-

長屋の喧嘩と言葉—女言葉の一世紀 17」の続きです。

 

 

夫を「主人」とすることの問題

 

vivanon_sentence最近もそんな話がSNSで流れてきましたが、妻が夫を「主人」と呼ぶことに対する反発を語る人が時々話題になります。以前から繰り返し指摘されていることであり、新味はなさそうなので、ちゃんとチェックしてないですけど、たしかに今なお自分の夫を「主人」という人は多く、他人の夫を指す時は「ご主人」という人も多い。

自身、夫をどう呼ぶのかは各自勝手に決定すればいいとして(礼儀作法としては、第三者に対して、自分の夫に敬意を込めた呼称を使用するのはおかしいのではないかとの疑念がありますが、これは次回検討します)、第三者から「ご主人はお元気ですか」と聞かれてしまうため、この呼称をよしとしない人たちの反発はある程度理解できます。あくまで「ある程度」ですが。

よくよく調べないとわからず、その文字を読んだり、言葉を聞いたりしただけでは感得しようがない漢字や言葉のルーツまで辿って、「差別だ。使うべきではない」なんて主張は放置でいいと思いますが、「主人」の場合は店舗や家庭を代表する意味であることは明らかですから、この反発には一理あろうかと思います。

その点、戦前の長屋の人たちはバランスがとれていたと言えます。

前回もう六著『宿六と山の神』で見たように、第三者が妻に対して、その夫を指す場合は「爺(おやじ)さん」「爺(おやじ)」が使用され、いくらか丁寧に言う時でも「亭主」「良人(おっと)」「旦那」です。

御主人」は引っ越してきたばかりの若い夫婦が最初に主人公夫婦に挨拶をした際に使っているだけだったと思います。

対して第三者が夫に対して、その妻を指す場合は「お神さん」が多い。「亭主」は家の主ですから偉そうですが、の方がもっと上とも言えます。

※もう六著『宿六と山の神』より、アバ勘の絵。「アバ」はあばたのこと。あばたで乱杭歯が勘兵衛の特徴。なお、この本ではあばたに「菊石」という漢字を当てている。

 

 

「おかみ」と「主人」であればバランスがいい

 

vivanon_sentenceジャズコンサートを主催したり、マップを作ったり、本を出したり、活発な活動を続ける浅草おかみさん会の「おかみさん」は「女将さん」です。主婦の会ではありません。夫が店主であっても、おかみさんはおかみさんですから、店を代表するとは限らないですが、代表していることも多々あります。「主人」の女版です。

おかみ」の「かみ」はもともと神の意味ではなく、おそらく「お上」でしょうが、どちらにしても敬意が含まれています。第三者が妻の意味で使う場合も「おかみ」は適切でしょう。

 

next_vivanon

(残り 1653文字/全文: 2774文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ