松沢呉一のビバノン・ライフ

食い扶持確保のために数字を水増しする婦人相談員—兼松左知子著『閉じられた履歴書』のデタラメ 7-[ビバノン循環湯 226] (松沢呉一) -5,306文字-

道徳派を批判する主張をも悪用する道徳派—兼松左知子著『閉じられた履歴書』のデタラメ 6」の続きです。

 

 

 

背景にあるのは宗教

 

vivanon_sentence閉じられた履歴書』では、婦人相談員になるまでの経歴に触れていないが、兼松さんは別のところで、自分自身について、こんなことを書いておられる。

 

「キリスト教主義の学校で聖書から学んだ愛の尊さ」(「婦人公論」一九八八年三月号掲載「無意識売春に走る少女たち」)

 

やっぱりクリスチャン。いいんですけどね、クリスチャンにもまともな人はいるのだし、禁欲的ヴィクトリアニズムの信奉者であっても、信仰を職業で実現しようとしないくらいの常識のある人たちもいるのだから。

しかし、税金で宗教的道徳や信念を実現しようとする宗教者ははっきり間違っている(婦人相談所の運営費には税金が投入されている)。それは趣味でやれ。税金を使ってやることではない!

婦人相談員がどういう経緯で集められているのかわからないのだが、公務員ではないため、試験があるわけではないようで、ことによると、宗教つながりの縁故採用になっているのではないかと疑わないではない。

この文章のタイトル下には「実例報告」の文字があり、兼松さんはこんなことを書いている。

 

 

私は30年間、新宿区の婦人相談員という仕事に携わり、性を売る約5千人もの女たちとかかわってきた。

 

 

この数字は、これは兼松さんが相談員として接してきた女性の数であって、「性を売る女たち」の数ではない。ごまかすな。

それが虚偽だと断定する根拠となる数字はもっとあとで確認するが、この「婦人公論」の原稿を読むだけで、数十倍に水増ししていることを察知することができる。原稿に出てくるデートパブで働くフミコ、SM愛人バンクを経営するルミ、主婦売春のケイコは、いずれも『閉じられた履歴書』に登場する女性たちである(『閉じられた履歴書』で、「フミコ」は「フミ子」となっている)。

これは『閉じられた履歴書』の翌年に書かれた文章だから、金をもらって原稿を書くのであれば、通常なら、ネタが重複しないように、別の例を出すってものだ。それが物書きのプライドってものだし、誠意ってものだ。

しかし、出そうにも、他の例などなかったのだろう。

五千人という数字がすべて「性を売る」女たちだとしても、その中で、原稿にできるほどわかりやすく悲惨な例はさほど多くないと想像するしかない。というより『閉じられた履歴書』に出ているのがそのほとんどすべてなのだと言っていい。

さらには「売春もどき」なんて言葉を使って売春でもなんでもないものまでを問題視するくらいに、兼松さんが大好きな「売春をする女たちの悲惨話」は少ないのだ。女が自分の意思でセックスすることさえも許せない道徳主義者であることを隠しもしない偽善的クリスチャンの典型と言っていい。

 

 

家族の問題を売春問題にすりかえる

 

vivanon_sentence閉じられた履歴書』に登場する女性たちには、両親の死別、離別を体験しているのが多い印象がある。明記されているだけで五十九人中十四人。二割以上だ。

 

 

彼女たちは、幼い頃から父母の死別か離別、または親子関係に問題があった家庭の出が多く、学歴も低く、技術もなく、就労の範囲は狭いものだった。

 

 

これは、『閉じられた履歴書』で、売防法による赤線廃止の際の状況を書いたもの。今でも、親の離婚、死別、親子関係に問題があったといった家庭の出が性労働者に多い傾向はあるかもしれないが、家族に問題のあるケースは、こういった両親の離別や再婚そのものよりも、親による強制労働だ。

親が自分らのために、娘を働かせることを普通は「強制労働」とは呼ばないが、家族が前借金を手に入れて、娘が対価なく労働すること自体が許されるべきではなく、親子であっても、これは強制労働と呼ぶべき行為である。ヒモはまだしも女側に選択権があるのに対し、家族を選択することはできないのだから、家族による強制の方が遥かに問題だ。

かつては、さまざまな職業で子供らの「売買」が行われていて、ことさら売春の問題ではないが、本人が望まないことが多いだろうことが推測できるという点で、他の職業以上に売春は「強制」の度合いが高いことにはなる。貧しかったのでやむを得ないという言い訳が通用しないケースもあり、『閉じられた履歴書』に出てくる道子や利子といった例のように家族が彼女の売春による収入に期待し、よし子のケースのように、弟の結婚資金までを無心するようなことはあってはなるまい。

 

 

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