松沢呉一のビバノン・ライフ

「女」は忌避される言葉—「女子」の用法 8-[ビバノン循環湯 232] (松沢呉一) -3,182文字-

「男」「女」は犯罪者—「女子」の用法 7」の続きです。

 

 

 

「女」よりも「女性」が多用される時代に

 

vivanon_sentence

「じょせい」という読みの「女性」という言葉は個人を指すのではなく、あるいは人を指すのでさえなく、文字通り「女一般に見られる性質」の意味で使用され始めた言葉ではなかろうか。「女+性」です。「女の性」。

「女性」「男性」は「女の性質」「男の性質」。今はその意味にするためにはもうひとつ「性」をつけて、「男性性」「女性性」と言わなければならなくなってますが、元は「性」はひとつでよかったのだと思います。

この辺はまだ見極められていないのですが、夏目漱石「こころ」に出てくる「理解のある女性として」「徒な女性の遊戯」という使用法を見ると、「〜のようなタイプの女」という意味合いかとも思えます。

個人にも使うけれども、この頃はまだ集団やその特性を示す意味に使いやすかったのではなかろうか。「女人」にも近い。「女人禁制」は集団です。室生犀星の「女人に対する言葉」は広く女に良妻賢母を求める内容。

この時代には、「女」の丁寧な言い方が「女性」というニュアンスはあまり感じない。

たとえば「男性名詞」「女性名詞」。これは「男の性質の名詞」「女の性質の名詞」という意味ですね。丁寧か否かは関係がない。「男的名詞」「女的名詞」と言ってもいい。

明治時代には女性器を「女子生殖器」「女性生殖器」としてあるものが多く見られます。とくに「女子生殖器」。医学用語としては、生物的なメスの特性としての器官ということとして「女子」「女性」は使いやすかったのでしょう。

これが明治の後半になって、「女性」を特性ではなく、存在そのものを指す用法として使うようになってきて、個人をも指して「女」を丁寧に呼ぶ言葉になったのだろうと推測しています。

広く使う場合はいいとして、個人に使う場合に、この丁寧さが私は邪魔に感じることがあるのです。

※文字が小さくて見えにくいですが、中国語では女向けの服は「女装」、男向けの服は「男装」で統一されています。

 

 

 例文

 

vivanon_sentenceメディアの言葉遣いに顕著ですが、「女性」「男性」という、いくらか丁寧な印象の言葉を使うことが増えたため、今現在は、「女」「男」は使ってもおかしくはないにせよ、ぞんざいな言い方に感じられるようになってきています。とくに「女」。

「男性」「女性」は丁寧な言い方であるとともに、「特定の個」であるのか否かに区分があります。あくまで傾向ですけど。

それを確認するため、「女」「女性」という言葉をどう使い分けているのかについての例文をいくつか見てみましょう。「感覚の個人差」もありますから、各自やってみるとよい。

 

A:散歩をしていたら、道の向こうから一人の女がやってきた。

B:散歩をしていたら、道の向こうから一人の女性がやってきた。

 

どちらでもおかしくないでしょうけど、私はこういう場合はもっぱらAです。前後や気分に左右されますから、つねにそうではないのは言うまでもないとして、相手がどこの誰かわからないので、「女」を使う。目の前にいるのが女であることしかわからないので、それ以上の評価をする必要がなく、敬意を払う必要もありません。

しかし、メディアではこういう場合でも「女性」を使うことが多い。個人としてもそうする人が多そうです。知らない人にも敬意を払うのは間違ってはいませんから、それもまたよし。

次の例文。

 

A:すれちがいざまに顔を見たら、数日前に、電車に乗ったら、前のシートに腰掛けていた女だとわかった。

B:すれちがいざまに顔を見たら、数日前に、電車に乗ったら、前のシートに腰掛けていた女性だとわかった。

 

ここでも「女」「女性」のどちらでもいいわけですが、私はこの場合でも「女」を使うことが多いと思います。なおどこの誰かわからず、敬意を払うべきかどうかもわからない。

※写真はドン・キホーテの売り場案内。レディースという言葉が使用されてます。もともと「婦人」はレディに相当する言葉として使用されることが増えたと思われるのですが、一世紀くらいしてやっとレディをそのまま使うようになったということでありましょうか。 暴走族は早かったですね。

 

 

不特定か特定か

 

vivanon_sentence

次。

 

A:電車で見かけた時にも「どこかで見たことがある」と思っていたのだが、その時にやっと十年ほど前に会ったことのある女だと気づいた。

B:電車で見かけた時にも「どこかで見たことがある」と思っていたのだが、その時にやっと十年ほど前に会ったことのある女性だと気づいた。

 

 

next_vivanon

(残り 1359文字/全文: 3300文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ