松沢呉一のビバノン・ライフ

データが物語る虚偽と詐術—兼松左知子著『閉じられた履歴書』のデタラメ 12-[ビバノン循環湯 259] (松沢呉一) -7,698文字-

婚姻外セックスの否定としての売買春否定—兼松左知子著『閉じられた履歴書』のデタラメ 11」の続きです。

 

 

 

婦人相談所の数字から兼松左知子の虚言が見える

 

vivanon_sentenceまどろっこしくなるのだが、売春と相談所の関係を数字で見ていき、兼松左知子のハッタリぶりを確認する。

一九九七年(平成九)版『売春対策の現況』(総理府/これがこの時点での最新版である)によれば、一九九四年(平成六)度の婦人相談所に来た女性の相談主訴を見ると、四五八〇九件の相談のうち「売春強要」は一八六件、〇・四パーセントでしかない。この数字には「現在売春を行っていない者」が一三五件も含まれている。つまり、この一三五件には、例えば「夫が売春を強要しようとする」ということまでが含まれていて、これは売春の問題ではなく、夫婦の問題とすべきである。

相談の段階で実際に売春をやっており、その上で「強要された」と相談しているのは五十一件ということになるが、ここにも夫なり同居人なりの売春強要が含まれていることが想像できる上に、売春強要一八六件のほとんどが外国人女性であると断言できる。となれば、強制する主体はブローカーや人身売買の買い手ということになろうか。

残念ながら、正確なことが『売春対策の現況』からはわからないのだが、この二年前の一九九二年に、婦人相談員連絡協議会が実施した調査の報告書『婦人相談員業務実施報告集』によると、婦人相談所に持ち込まれた外国人女性の相談のうち、売春強要は一七八件となっている。

年度が違うため、両者をそのまま比較することはできないにせよ、日本人女性に対する業者の売春強要は、多くても数例であることがこの数字から、また、この報告集から読み取れる。その多くは店に強要されているのではなく、夫等に強要されているものなのだから、店に売春を強要されている日本人の例はほとんどないことになる。

売春をしていても売春そのものが主たる相談内容になっていないケースはこの数字に含まれないが、現に売春をしている人の数は相談者全体の二・五パーセントにしか過ぎず、過去にしていたことがある者を入れても、七・七パーセントしかならない。過去の経験をいまさら相談することはあまりないわけで、過去は無視していいとして、現在売春をしている例は全国で年間千人程度いるが、大半はそのことを相談内容とはしていないことになる。

二・五パーセントという数字は日本人平均よりは高いのかもしれないが、援助交際世代なら、アトランダムにサンプルを取り出しても、さほど変わらない数字が出ることだろう。あるいはこの数字を超えるのではないか。

つまり、兼松さんが取り上げていた例は、相談者が売春の問題としてとらえていたわけではないのに、兼松さんが売春の問題かのようにフレームアップしたものが多数含まれていることが想像できる。私がこの本に出ている多くの事例について「売春の問題ではない」と感じたのは正しい。

以上の数字から、全国に千人以上いる婦人相談員たちの大半は、一年のうちに、売春そのものを内容とする相談を受けることはないことになる。一人の相談者と複数の相談員が対面するのだとしても、出会えない相談員が多いわけだ。その程度しかいないのに、そこだけを取り出したのが兼松左知子さんである。

私は30年間、新宿区の婦人相談員という仕事に携わり、性を売る約5千人もの女たちとかかわってきた」と「婦人公論」に書いていたのは虚偽であると断定してよさそうだ。今現在の数字で見ると、一人の相談員が担当するのは週に一人もいない。暇か。婦人相談所が出来て間もない時期はもっと相談が多かったのだとしても、この5千という数字は、兼松さんが受けた相談の総数だろうと推測できる。

そのうちの十パーセントが売春した過去があったのだとしたって5百人。如何に過去には売春の相談が多かったたのだとしても千には届かず、そのうち、売春が相談内容に抵触してくるのはせいぜい数十だろう。三十年間でこれだけ。これがデータが物語る兼松左知子の実態だ。

売防法制定直後は売春に関わる相談多かったことは、『閉じられた履歴書』が取り上げている実例がその時期に集中していることでもわかる(登場人物リストを参照のこと)。それ以降、多数の売春者に会っていたのなら、まんべんなく各時代に割り振るだろう。それができなかったのである。

つまりは三十年かけて、あれがほとんどすべてなのだろうと推測できる。だから、本に書いた「ネタ」を雑誌でも回して原稿料稼ぎをするしかなかったわけだし、「売春もどき」と強弁して複数の相手とセックスをするような例まで入れるしかなかったわけだ。

驚くべきことだが、これが真実だ。

Henri de Toulouse-Lautrec「The Sofa」 印象派の時代は娼婦をテーマにした作品が多く描かれており、ロートレックがとくによく知られる。

 

 

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