松沢呉一のビバノン・ライフ

細井和喜蔵を愚弄する人々—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 15-(松沢呉一) -2,661文字-

『女工哀史』はとしをも執筆した?—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 14」の続きです。

 

 

 

根拠もなく共作だと主張するのは細井和喜蔵を愚弄すること

 

vivanon_sentence細井和喜蔵ととしをの間には事実婚が成立していた。だから、和喜蔵の財産はとしをが相続する権利があり、著作権の継承者である。よって、その印税を手にする権利があるという主張はある程度はわかります。同意はしないし、現実にはどうにもならなかったと思いますが、理解はできる。

だから、私もそれがどの程度の金額であるのかを計算しました。岩波版についての判定は難しいのですが、確実に『工場』『奴隷』『無限の鐘』については、いくらかこぼれたものがあるでしょう。これらにしても、としをは放棄したに等しいと思え、それをストップした判断は間違っていないというのが私の結論です。

しかし、和喜蔵の著作権継承者としての権利ではなくて、としをが『女工哀史』の共同著作者であるという主張をするのであれば、「いい加減にしろ」と言わざるを得ません。これは命を賭けて執筆した細井和喜蔵を愚弄することです。

わたしの「女工哀史」』のどこをどう読めば「まぎれもなく」共同著作であることを裏付ける記述が出ているのでしょうか。出してみ。

生活の面倒を見ただけで著作者になるのか? そんなことになったら生活を支えた夫や妻、その他のパートナー、パトロンは全員共同著作者。過去の画家や作曲家の作品にもそれらの人々の名前を入れなければならない。

あるいは情報提供しただけで著作者になるのか? 『女工哀史』には「愚妻」としてとしをの名前を出すとともに、証言者として「二老人」「二友人と一先輩」、また、小唄の収集については信時潔、さらに山本実彦藤森成吉の名前も出ています。これらの人たちも共同著作者として名を出すべきですかね。彼らも印税を得るべきですかね。改造社や藤森成吉は作品集についての編集著作権を得ることはあるかもしれないとして。

こういう主張をする人たちは、著作権とは何なのかさえ把握できていないのだと思いますけど、著作権について詳しくなくても、ちょっと考えれば「いかにサポートしていても、著作者にはなれない」ってことくらいわかろうに。それさえ理解できないなら、発言するな。

※亀戸の銭湯

 

 

としをの経済的貢献と見返り

 

vivanon_sentenceこういうことを言い出したのは、としをの聞き書きをして、その存在を知らしめた大学の研究者たちのようですが、この人たちは、としをの証言を台無しにしてしまいました。

この本はあまりに杜撰であり、細井和喜蔵や『女工哀史』を知るためのものとしては資料価値が低い。他の資料との照らし合わせをしない限り、怖くて使えない代物です。この研究者たちは、自分たちが主張したいことを高井としをに語らせたのではないかとも疑っています。おそらくは無意識に。これについては、引続きこのシリーズで明らかにしていきます。

「共作・合作であった」という主張については、その根拠が提出されたら検討するとして、それまでは相手にする価値はない。こういった非常識な論は別にするとして、「事実婚が成立していたのであり、金銭的にとしをが生活を支えていた以上、それに対しての見返りを得てしかるべきである」という主張も、としをは『工場』『奴隷』『無限の鐘』の印税二千円を手にしていることを考えると、説得力がない。

質素な暮らしをする限りは、働かずとも六年ほど食っていけます。着物を買ったり、金時計を買ったりする程度の贅沢をしたところで、三年は働かずに食っていける額です。

※亀戸のものは見つからなかったので、関東大震災絵葉書から、お隣の本所の様子。

 

 

原稿書きを仕事とは思っていなかったらしきとしを

 

vivanon_sentence私はそれで十分に報われたのではないかと判断しているのですが、三年間、和喜蔵の生活を支えてきたのに、三年間の生活費を得れば十分とはバカにしすぎだと思うかもしれません。実はそこに大きな誤解がありそうなのです。

 

 

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