二種の買い取り—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 8-(松沢呉一) -2,698文字-
「おそらく『女工哀史』の買い取りは細井和喜蔵からの申し出—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 7」の続きです。
としをが買い取りの『女工哀史』の印税を要求した理由
買い取りである『女工哀史』の印税が払われないのは不当だととしをが片山哲に主張した理由はいくつか推測ができますが、実際にはその当時、そんな主張はしていないのに、改造社が遺志会に対して印税相当額を渡したことによって、「あの金は本当は自分のものだ」と思い始め、記憶がグチャグチャになっていたのかも。「無名戦士墓は自分の金で作られたのだ」と。これも感情としてはわかりますけど、相手にする必要のない主張です。
『女工哀史』の印税相当の金を遺志会に払ったのは、改造社のいわば好意です。その好意は、改造社としても賛同できる遺志会だったからこそなされたものであり、としをがその金は自分のものであると主張することはできない。墓も作らなかったとしをの無作為から生じた金です。私が見ても、あのままだったら、としをはずっと墓なんて作らず、散財し続けたと思えます。
「せめて墓でも作ってやらないと浮かばれない」との話し合いが、藤森成吉、改造社の山本実彦社長、片山哲らの間であったことは想像に難くない。見るに見かねてのイレギュラーな支払いでしかないのです。
彼らが口裏を合わせた可能性があると同時に、誰が見てもとしをの行動は目に余るものであり、新聞にすっぱ抜かれる前から問題視されていたのでしょう。友人たち、仲間たちが墓参りに行こうとしても、墓を建てる様子が微塵もなく、印税で男と遊んでいるんですから。
改造社が遺志会に払ったのは印税ではない
『女工哀史』は先払いでクリアされていて、和喜蔵ととしをはすでにそれを使っていて、改造社版についてはすべて終了していますから、遺志会に改造社が支払ったのは「印税」ではなく、「印税相当額」でしかない。
『わたしの「女工哀史」』を読んだ人でも、ここを混同している人たちがいそうです。違う言葉で言い換えると、「妻が墓も建てず、金を浪費しながら遊んでいたので、儲けさせてもらった出版社としては、墓を作る金くらいは出す」ということであり、その額が印税額と同じだったということです。
買い取りなのですから、ある段階から、改造社は印税分が余計に儲かっていて、そこを供出するのは理にかなっていますが、意味合いとしては「太っ腹の会社が一千万円ポンと出した」という話と寸分違いません。本来出さなくていいものを改造社は出しただけなのです。
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