松沢呉一のビバノン・ライフ

としをの「作り話」—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 27-(松沢呉一) -2,437文字-

としをはアインシュタインの講演を聴いてなかった!?—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 26」の続きです。

 

 

 

アインシュタインを招聘したのは改造社だった

 

vivanon_sentence星薬科大学から帰ったあと、山本実彦の「改造」回想録「十五年」を読んで気づいたのですが、アインシュタインを招聘したのは改造社の山本実彦その人でした。

 

かくて十一月十八日アインシュタイン教授夫妻は東京駅についた。その夜の光景はまるで凱旋将軍を迎うる如く、プラットホーム及び停車場の広場は数万の人の山で、教授夫妻は三十分近くもプラットホームに立往生したのであった。

教授は滞日中、東京帝大の特別講演をはじめ、その他京都、大阪、神戸、仙台、福岡で画期的長講演をして、至るところ、偉人としての風貌を慕われた。そして、帝室の御殊遇を始めとし、帝国学士院でも前例のない歓迎辞を穂積院長の名を以て公にした。その内容は、「ガリレオ、ニュートンらが、力学と物理学とにおいて首唱せる原理は二百年来、万世不易なるべしと考えられていたが、教授は別天地より宇宙の状勢を洞観し、遂に時間と空間との融合を図り、以て自然現象を究明するの針路を開かれたその業績の大なる、実に古今独歩である」というにあった。なるほど、彼の思想的革命はニュートンよりも、コペルニクスや、ガリレオよりも偉大であったであろう。

 

なんという偶然かと思ったのですが、偶然ではないのかも。

 

 

なぜこんなことに

 

vivanon_sentenceアインシュタインの来日は、これだけの騒動になっているのですから、としをと和喜蔵が話題にしたことがないとは思いにくい。あるいは改造社主催のアインシュタイン講演会をどこかで聴いたかもしれない。いかに人気があろうとも、和喜蔵が改造社に頼めば入ることができたでしょう。

その時に聴いた講演を二年後に星製薬で働いていた時に聴いたフリッツ・ハーバーの講演と混同した可能性もありますが、和喜蔵が一緒にいたのだとすると、そちらの体験を忘れて、女工だったがために参加させられたフリッツ・ハーバーの講演をアインシュタインの講演だと錯覚したりしそうにない。

本来覚えていてしかるべきアインシュタインの講演を忘れているとは思えないことから、おそらくアインシュタインの講演を彼女は聴いていないのだと思います。

それでも、和喜蔵とアインシュタインを改造社が招聘したことは話しているでしょう。当然、和喜蔵のところには「改造」が送られてきていたでしょうから、誌面で見た可能性もありそうです。新聞でも大きく取り上げられていたのだと思います。

もし先に名前を認知していたのであれば、アインシュタインとフリッツ・ハーバーは別人だとわかるはずですから、聞くなり読むなりしていても、とくに関心を抱かず、フリッツ・パーバーの講演にも興味を抱かず、あとになってから、どこかで二人の名前がごっちゃになったのではないか。どっちも「外国人の偉い科学者」です。どちらのこともよくわかっていなければ、区別がつかなくなってしまうこともあるかもしれない。

※星薬科大学歴史資料館

 

 

next_vivanon

(残り 1302文字/全文: 2618文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック