松沢呉一のビバノン・ライフ

未払い分を概算する—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 12-(松沢呉一) -2,434文字-

『工場』『奴隷』『無限の鐘』の一部と文庫の一部—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 11」の続きです。

 

 

 

としをが著作権継承者だった場合に払われた金額

 

vivanon_sentence東京新聞」が「未払い金」はいくらかなのか、数字を出そうとしていた姿勢は正しい。しかし、前提を間違えてました。『女工哀史』は買い取りです。

東京新聞」が改造社版の『女工哀史』に未払いがあるようなことを書きながら、他の著書をカウントしていないのは記者なりに合理的な判断があるのだと思います。『女工哀史』が買い取りであったことを認識していないのであれば、そこに多額の未払い金が存在していて、それに比して額が小さいためです。

戦前出た『女工哀史』以外の『工場』『奴隷』『無限の鐘』については初版からしばらくの増刷分は支払われたことを「東京新聞」は踏まえており、いくらかこぼれた分があるとしても、その増刷分だけであり、場合によっては増刷されていないものもあるかもしれないのですから、『女工哀史』からすると無視していいものと考えたのでしょう。

しかし、はっきりわかっている「未払い」はそこにこそ存在しています。

細井和喜蔵の著作のすべてに印税が発生したと仮想して、つまり、買い取りはなかったとして、としをが亡くなるまでに発生したかもしれない印税を十とします。もっとも勘違いしている人は著作権保護期間のことも考慮せず、十をとしをが得られたのに取り上げられたと思っています。んなバカな。

※草間彌生展の外に立つ木。これも作品。

 

 

戦前、本は高かった

 

vivanon_sentence著作権が切れて以降出された全集や選集もありますが、どういうものが出ていたのか調べるのが面倒なので、ここでは死後三十年経って以降、改めて出された出版物の印税は無視します。どうせ印税は発生しないのですから。

ざっくりとした数字を出すためのもので、言うまでもなく、以降すべて数字は適当な「勘」でしかないことをお断りします。

十のうちの九は『女工哀史』が生み出したものです。もしかすると、九割以上。販売期間が長いし、文庫なので、部数は岩波文庫の方が多いでしょうが、戦前の本は高いですから、金額で言うと、単行本の方が多いのではないか。九割のうちの三分の二が改造社版、そのうちのさらに三分の二が戦前版としておきます。

なお、改造社と言えば円本で知られますが、それまで数倍で販売されたようなものが一円ということで大ヒットし、各社がこれに続いて、本の価格は低下していき、一円を切る安い作りの本も増えていきます。

 

 

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