松沢呉一のビバノン・ライフ

なぜとしをを救済しようとしなかったのか—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 33(最終回)-(松沢呉一) -4,191文字-

権利を行使するためには権利を理解することから—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 32」の続きです。

 

 

 

「エア印税」をもらう方法

 

vivanon_sentenceとしを自身はそんなことに気が回らなかったのでしょうし、私はとしをが二千円以上の報酬を受け取る資格があるとは思えないので、もしこのことを知ったところで何もしませんけど、もし私が本人と面識があり、「これはいくらなんでもかわいそうだ」と思ったら、どうしたか。岩波書店と交渉したと思います。

これには法的根拠などありません。ただの同情です。

あくまで問題は改造社の印税支払い打ち切りにあったのだから、岩波書店と交渉するのはおかしいという言い分もありましょうけど、としをが著作権継承者であったのなら、岩波文庫の初版分印税と翌年までの増刷分はもらえたのです。現に著作権継承者ではありませんから、これ自体筋違いですが、としをの貧困が少しは解決する可能性があったのですから、そうすればよかったのです。

前回見たように、著作権が切れたあとだからこそ、交渉の余地がありました。

著作権が生きているうちは、改造社との取り合いになりますが、もし遺族に払われていたのが文庫化にともなう単行本の版元への印税だとすると、通常2パーセントだったり3パーセントだったりするので、浮いている部分があります。10パーセントをまんま払っていたとしても、とっくに利益が出ているので、3パーセントくらいの余地があります。

著作権が切れてからは改造社への支払いはストップしていますから、いよいよエアの部分が大きくなります。「その金をくれ」と交渉します。まさにこれは遺志会に支払われた金と同じ意味ですし、としをに払われた印税もまたそういうものです。

「『女工哀史』を世に出すサポートをしたとしをがこれだけ困っているのです。10パーセントとは言わない。3パーセントでいいからくれないか」と交渉をする。

こん時はハッタリあり。記録に残すわけではないですから、あることないこと言っておけばいい。証人である藤森成吉が亡くなったあとだったら、なおのこと好都合です。

※亀戸にある香取神社の夜。どういう経緯かまでは調べてないですが、ここはスポーツ祈願の神社ってことになっていて、アスリートたちの言葉が書かれた行灯が並んでます。

 

 

無知であることを恥ずべし

 

vivanon_sentence岩波書店は法を遵守して、法的根拠のある支払い以外をしない方針かもしれないので、突っぱねられる可能性はありましょう。

とくにこの場合は、それまで払っていたことの延長ではありませんし、この関係で支払ったことがわかると、際限なく「一緒に暮らしていたことがある」「生活の面倒を見ていた」「情報提供をした」「励ました」といった人たちがいろんな本で「印税くれ」と名乗り出てくる可能性がありますから、ただ「くれ」と言っても難しいかもしれない。

でも、まだ手はあります。

 

 

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