松沢呉一のビバノン・ライフ

お金玉—体の中で大事な部位-[ビバノン循環湯 251] (松沢呉一) -2,326文字-

「メトロポリタン美術館のパブリックドメイン作品を無理矢理使うシリーズ」です。1995年にURECCOの連載に書いたもの。こんなくだらないことばっかり書いてました。今もですけど。

 

 

 

体の中で「お」をつける部位

 

vivanon_sentence床屋や歯医者に行くと、いろんなことを考えてしまう。床屋は髪の毛を切られたりヒゲを剃られたりする以外やることがなく、歯医者は歯を削られたり型をとったりする以外にやることがないので、ついついいろんなことを考えて、いろんなことを発見するものだ。

体の部分で一番大事なのはどこか。先日、私は床屋でこのことで頭をいっぱいにしていた。大事な部分なのだから、その部位には「お」をつけるはずだ。

言葉の頭に「お」をつける体の部位は「おつむ」「おめめ」「お鼻」「お口」「お乳」「お背中」「おてて」「おまんこ(おめこ)」「おちんちん(おちんこ)」「お尻」「おなか」「おへそ」「おみ足」がある。

この中で「おめめ」「お鼻」「おてて」は幼児語と言える。子どもが使うだけじゃなく、大人が子どもに向けて使うが、大人同士では使わないので除く。「お口」も限りなく幼児語としての使用が多いが、「お口、クチュクチュ、モンダミン」や「お口なおし」といった例もあって、大人が使わないわけではない。歯科医や歯科衛生士でも、なぜか患者を子どものように扱って、「お口を開けてください」と言うのがいるので、これは残しておく。

幼児語の「おてて」ではなく、「お手」という使い方もあるにはある。「お手を拝借」というような場合だ。しかし、「お手を上げて横断歩道を渡りましょう」などとは言わないように、「お手を拝借」以外で使うことなどまずない。「ポチ、お手」というのもあるが、いずれにしても相当特殊な使い方だから、「お手」も除く(なぜ犬に丁寧語を使うのかだが、単に「手」だけではゴロが悪いからではなかろうか)。

※「Wedjat Eye Amulet

 

 

「おみ足」を使うのはM男くらい

 

vivanon_sentence「おみ足」は非常に特殊な言い方だ。特に我々の世代以下では、こんな言葉を使う機会は一生に一回あるかないかだろう。私は使ったことは一度もないが、耳にすることがないわけではない。

奴隷が女王様に「おみ足をマッサージします」と言う。実際に聞くことがあるのだが、あまりに特殊な用法で、SMの世界でさえ使用頻度は低い。

これと同様「お背中」もまた使用頻度が非常に低い。「じゃあ、お背中お流ししましょうか」と和風ソープか何かで言われるか(和風ソープだからって背中なんて流さないか)、会社の社員旅行で温泉に行った際、太鼓持ち系オベンチャラ社員が「部長、私がお背中流しましょう」なんて言うくらいだ。これもよくは知らん。

いずれにしても「お背中流しましょう」という、ひとまとまりでしか使うことはないんじゃないか。少なくとも私はこれまで「お背中」という言葉を日常生活で使ったことなど一度もないと思う。

「おみ足」同様、「お背中」も除くことにする。

次に「おつむ」と「おなか」だが、「お」をつけずに「つむ」「なか」とは言わず、「お」を含めてワンワードと化していて、丁寧の意味の接頭辞「お」の意味は既にない。特に「おつむ」の場合は「あいつはおつむが弱いから」とバカにしたニュアンスさえある。「おつむ」でなく「おかしら」というのもあるが、「おかしらつきの鯛」とか、盗賊が親分の意味でしか使わないので、これも外す。

「お乳」の場合は「おっぱい」という言い方もあるが、これも「でかぱい」「ぺちゃぱい」「ぱいずり」といった使い方以外単独で「ぱい」という言い方をしないので「おなか」同様に排除するとして、「お乳」は相当微妙な点を含んでいる。

「乳」は乳房と赤ん坊が飲む液体の乳の二種の意味があり、「お乳」となると「お乳の出が悪くて」といったように、どちらかと言えば後者の意味が強まる。前者の意味で使う場合は「お乳揉ませて」のように冗談めかした意味が加わるが、使わないわけではないし、「お乳が張って」と使うこともあるので、これは残す。

Hans Memling「Virgin and Child」

 

 

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