再会した恋人たち—風俗店を舞台にした切ない偶然-[ビバノン循環湯 255] (松沢呉一) -4,711文字-
「メトロポリタン美術館のパプリックドメイン作品を無理矢理使う」シリーズです。15年前に四国の風俗誌「Ping」に書いたもの。単行本には入っていないはず。
銭湯巡りをしていても、バッタリ人と会うことがあります。銭湯を探している時に路上で会うこともあるし、脱衣場や洗い場で会うこともあります。
最近、私が悩んでいたことがあります。これだけ偶然人と出くわすことがあるのだから、そのうちBiSHのメンバーに路上でバッタリ出くわすことがあるかもしれない。その場合、声をかけていいのかどうか。声をかけるとしたら、どんな言葉が適切なのか。「初めまして」は他人行儀ですが、事実、他人だし。BiSHの素晴らしさを滔々と語っても迷惑でしょう。
アイドルヲタク歴が長い編集者に相談したところ、正しいヲタクの流儀としては声をかけてはいけないんだそうです。アイドルであるのはステージであったり、テレビやラジオに出ている時だけであって、それ以外の場面では見て見ぬ振りをする。昨今のアイドルはファンの名前や顔を覚えるようにしていて、路上で出くわして、アイドルの側から声をかけてくることもあるんだそうですけど、その時も手を挙げるなり、会釈をするなりで応えるだけで通り過ぎる。
私もそうします。悩みがひとつ減りました。
偶然の連続
この私、単に知り合いが多いということに過ぎないのかもしれないが、偶然を体験することがやたらとある。偶然には波があって、波が来ている時は偶然がイヤになるほど続く。
たとえば、こんなカンジ。八年ほど前に出た拙著『エロ街道をゆく』がちくま文庫から出ることになった。直しを入れた原稿を新宿の喫茶店で編集者に渡してから、新宿二丁目に向かった。知り合いがやっているパーティに顔を出すためだ。
会場で人とダベッていたら、つかつかと私の方にやってくる女性がいる。どこかで会った記憶がありながら、誰なのかすぐにはわからなかったのだが、彼女は斎藤美和子であった。「女の子バンド」として人気のあった「タンゴヨーロッパ」で活躍したあと、ソロ活動を続けていたヴォーカリストだ。
彼女は現在「さいとういんこ」という名前でポエトリー・リーディングをやっており、このパーティの主宰である長谷川博史氏もポエトリーリーディングをやっているため、そのつながりで知り合いになったそうである。
私が二十代の頃、彼女には私がやっていたラジオ番組に出てもらったり、いろんなコンサートで顔を合わせたり、時々電話で話したりしていたものだが、ここ十年ほどはすっかりご無沙汰だった。
十年ぶりに人と偶然出会うことだけでも驚きだが、『エロ街道をゆく』にも彼女は登場していて、この前日、自分の原稿で彼女の名前を見て、「懐かしいなあ」と思っていたところだったのである。その翌日にその本人に会うとは驚かずにいられようか。
このパーティのあと、知り合い二名とメシに行こうということになって、新宿二丁目を歩いていたら、ここでまた懐かしい顔が。彼女も十年ほど前の知り合いで、当時はいろんな場で顔を合わせていたものだが、パッタリと連絡がとれなくなってしまった。昨年、突然電話をしてきたことがあったが、会ったのは七年ぶりとか八年ぶりになろう。
彼女は私と知り合った頃、ヌードモデルをしていたが、その後、エロ雑誌の編集をやっていて、男関係もそこそこに派手だったものだが、今はレズビアンなのだという。だから二丁目というわけだ。
立て続けに久々の再会があっただけでも驚きだが、実は彼女もまた『エロ街道をゆく』に登場しているのである。こんなことってありですかね。
二丁目という街では偶然が起きやすい。二丁目で知り合った人と再会する、知り合いのゲイと会うのなら、偶然というより必然に近い。二丁目はそういう街だ。しかし、この日偶然会った二人はもともと二丁目で知り合ったわけではなく、しかも数年ぶりの再会である。その上、揃いも揃って『エロ街道をゆく』に出ている人物なのだ。
風俗店を舞台にした偶然
『風俗ゼミナール』のシリーズにもいくつか実例が書いてあるように、風俗嬢たちとダベッていると、あっと驚く偶然話が出てくることがある。
高校時代の教師が客で来てしまったとか、デリヘル嬢が客の家に行ってみたら元カレだったとか、昼間は保育園の保母さんをやっているヘルス嬢のところに子供の父親が客で来てしまったとか、姉の結婚式に行ったら姉のダンナは自分の客だったといった話だ。
私自身、これだけいろんな店に出入りしていると、前にどこかの店で会った風俗と別の場所で会ったり、東京で会った風俗嬢と地方都市の店でバッタリ会ったりすることがあるのだが、今にいたるまで、風俗嬢としてじゃなく会ったことのある相手と、店で偶然出くわした体験が一度もない。
風俗嬢じゃなかった知人に久々に電話をしたら、「前の仕事はやめて、今はヘルスで働いているんですよ」ということはあったが、たまたま店で出会ってビックリということがないのだ。相手が風俗嬢をやっていることを知っているのと、そうじゃないのとでは驚きの度合いが全然違って、こういう偶然を一度は経験したいと思っている。
初めて来たヘルスで盛り上がる同僚
最近知り合った音楽関係者が、六、七年前、会社の同僚と一緒に渋谷のヘルスに行ったときのこと。その店の場所を聞いたのだが、たぶん今はもうない店だと思う。
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