関東大震災で東京を脱出した細井和喜蔵ととしをの奇妙なコース-高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 追加篇 1-(松沢呉一) -3,047文字-
またもおかしな記述を発見
「高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや」シリーズは思い切り疲労しました。あとは、この本を読んで、「あれ? なんか変だぞ」と思った人が検索して、「ビバノンライフ」に気づいていただきたいものですが、文庫が出てから二年経っているので、遅過ぎたかもしれない。
「こんな本、読まなきゃよかった」と本気で思っていて、もう触れたくない気分ですけど、もう一点だけ書いておきます。
「この本は信用ならない」と気づく前に、「女言葉の一世紀」シリーズで使えそうと思った点があります。「女言葉の一世紀」はいつ再開できるかわからないですが、「女言葉の一世紀」シリーズにいつでも使えるようにまとめているうちに、またまたおかしな点を見つけてしまったため、そのことを付録篇として書いておきます。ホントにキリがない。
ご婦人たちの発言にとしをは激怒
関東大震災のあと、としをと細井和喜蔵は、名古屋を経由して岐阜に行くのですが、鉄道が不通になっていたため、遠回りして名古屋に着いています。
私たちは着のみ着のままで歩いて、上野駅へ、そして直江津へでて、それから信越線で名古屋へでたのですが、汽車は超満員で、列車の屋根の上にもいっぱい乗ってました。汽車のなかにいたなん人かの青年が、どうしても押しもどされて泣きべそをかいている私を、むりやり引っぱりあげてくれました。細井は汽車の屋根に上がりました。
動き出した列車には人が殺到。貨物列車にも人が乗り込んだ様子は、前に写真を出した通り。
そして軽井沢の駅で、私は一生忘れられない、憎んでも憎みきれない言葉を聞いたのです。
私のすぐ前に、子どもを連れた女の人が二人おりましたが、その人たちの話がいいようのないひどい言葉でした。「まあ奥さま、助かっていらっしゃったの。よかったわね」「おや、まあ、お宅さまもお元気でよかったわね」「はあ、おかげさまで、家族は全員無事でしたが、ねえやは死にましたけど」「まあそうですか、でもねえやでよかったわね、ねえやならいくらでも代わりがあります」。それをきいて私は、全身の血が逆流する思いでした。私たちが毎日命をつないでいるお米も野菜も、お百姓さんがつくってくださっているのだ。現に今、炊きだしをして窓からさしいれて私たちを助け、はげましてくださっているのもお百姓さんじゃないか。焼け死んだねえやさんも田舎のお百姓さんの娘さんなのに、この人たちは私たちと同じ人間なのかしら、どうしてくれようかと、私は歯をかみならし、にぎりこぶしをふるわせた時でした。
田舎の人の節くれだった太い手が、ジャガイモを大きなかごにいっぱいいれて窓からさしいれてくれました。その時、私はどうしてあんな力がでたのか、びっくりする力でまわりの人びとを押しのけてそのかごを受けとり、私たちの席からはなれたところにいる人びとに渡してしまいました。そしたら先ほどの女の人が、「こっちへもください。子どもがお腹をすかしています」といったので、私は「だめですよ。あんたたちにはあげられませんよ。焼け死んだねえやさんのご両親と同じお百姓さんがつくったおいもです。あなたたちはたべる資格がありません」と、私は精いっぱいの恨みをこめていったのです。
このあと、としをは、窓から差し入れられる食べ物を一切この二人に渡さず、嫌味を言い続けます。この描写があったあと、以下。
そして長い時間かかって名古屋駅に着きました。
としをはつねに貧しい者たちの立場で考え、発言し、怒っていたのがよくわかるエピソードです。
その描写からすると、としをの怒りの対象になった二人の婦人たちは、軽井沢駅で乗り込んできたのでしょうか。軽井沢に別荘のある山の手婦人。その言葉遣いは「ざます」ではないですけど、丁寧であり、女言葉です。
この言葉遣いが実際通りかどうかはわかりません。としをの語る言葉は方言を見てもいい加減であり、リアルに再現しているとは思いにくいのです。こういう人たちが使うのは丁寧な女言葉であるとのイメージがここに表現されているだけです。
このことだけを「女言葉の一世紀」で取り上げて終わる予定でした。
※写真は以下もすべて長井修吉編『大正震災記』(大正十二年)より。上は広小路通。下は尋ね人の貼紙だらけの西郷像。
名古屋に行くのになぜか直江津へ
すでに高井としをの言葉を疑う癖がついている私からすると、これもよく読んだら、「あれ?」ってところに気づきました。
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