松沢呉一のビバノン・ライフ

超難問の答えを探る—連濁の法則 1-[ビバノン循環湯 275] (松沢呉一) -6,546文字-

3年ほど前にメルマガに書いたものです。冒頭に書いた3つの疑問点のうち、2つについてはたぶん当たっているのではないだろうか。3つめは自信がない。

放送局の場合は、新聞の用語と同じで、アナウンサーの言葉を統一したいところでしょうから、「正しい言葉」を頑なに守ることに意味がありましょうが、これはローカルルールに過ぎないと自覚しておくべきだろうと思います。そんなルールに縛られる必要がない人たちにとって、濁音・半濁音は個性の領域とも言えますし、地域差もあります。とくに助数詞の濁音・半濁音は便宜的使い分けの意味合いが強く、「そうでなければならない」という強い根拠があるわけではないので適当でいいのです。というのが結論になろうかと思います。

 

 

 

難問に取り組む

 

vivanon_sentenceこれはいいクイズです。さすがアナウンサー。

 

 

 

ニュースには、必ず、と言っていいほど さまざまな「数字」が出てきます。

「3件の火事で3軒が…」 この場合、「3件」は「さんけん」、 「3軒」は「さんげん」。

「3回」は「さんかい」だけど、「3階」は「さんがい」。

「1羽2羽3羽」は「いちわ、にわ、さんば」。

ものを数えるときに使う「助数詞」は、 ふさわしい助数詞を選ぶのも難しいですが、 読み方もまた、法則があってないようなもの。

「3階」「3羽」のように、数字が小さくよく使う助数詞は、 「連濁(二つの言葉が結びついたとき、 後ろの言葉の最初の音が濁音になること)」が 起こりやすいと言われています。 「3軒」や「3階」がその例ですが、 じゃあ、「件」や「回」でなぜ起こらないのでしょうか?

「本」も、数によって「ほん」「ぼん」「ぽん」と読みわけます。 「票」は?「箱」は?出てくるたびに悩みます。

時間を表す「3分」「4分」。 若い人(ざっくりした区分ですみません)の多くが 「さんふん」「よんふん」と、 半濁音にしない読み方をします。 私にはどうも、違和感があります。

「なぜそう読まなければならないのですか?」と聞かれても、 明確に答えられないのが正直なところ。 でも、「3階」を「さんかい」と読むのは、 間違いだ、と教えられてきたし、 違和感をお持ちの方が多いのでは、と思うのです。

エレベーターの自動音声で「さんかいです」と流れると、 「…さんがい!」と心の中で訂正している私です。 みなさんはいかがですか?

(アナウンサー室 古川圭子)

MBS 報道局 【ニュースな言葉 #11 悩ましい助数詞】

 

 

 

ここで生徒たちに提示された問題は大きくみっつあります。

ひとつめは「連濁が起きる法則はどういうものか」。

ふたつめは「なぜ回と階のように同じ読みなのに、連濁が起きたり起きなかったりするのか」。

みっつめは「なぜ若い世代では連濁が起きなくなっているのか」。

このすべてに答えるのは超難問です。入試問題で出たら生徒や学校、予備校から「いくらなんでも難しすぎる」と抗議が来るくらいの難易度です。時間内で答えることは不可能に近い。全員が同じ条件ですから、抗議をする必要はないか。

「出されたごはんは食べる、出されたマンコはなめる、出された問題には答える」をモットーにしてますから、これに取り組むとしましょう。

※誤読した上で、「これはクイズじゃないだろ」と言ってくる人がいるかもしれないので、念のために書いておきますが、クイズじゃないですよ。それをクイズとして受け取ったという仮想です。

 

 

前提が共有されていない

 

vivanon_sentenceしかし、ホントにこれは難しい。実際に声に出してみるとわかりますが、そもそも前提を私は共有していません。ここにある通りとは必ずしも言えないのです。

育った地域や家庭、所属するコミュニティによるところも大きいのでしょうが、「3軒」「3階」の場合、私は古川アナに怒られそうです。 「大きな家が3軒並んでいます」という時は「さんけん」と私は言っているように思います。「大きな家の3軒隣です」「3軒長屋に住んでいる」というように、後ろに他の言葉がつくと確実に「さんげん」になります。

「3階」は曖昧です。これも後ろに言葉がついて「3階建ての住宅」になると「さんがいだて」ですが、単独で使う場合は「さんがい」も「さんかい」も言ってそう。「あのマンションの3階に知り合いが住んでいるよ」といった場合は「さんがい」とも「さんかい」とも言いそうで、自分でもはっきりしません。

これについては周りの人たちにも聞いたのですが、「マンションの3階に住んでいる」という場合は、「さんかい」が圧倒的に多い。全員、私より若い世代です。これは地域差もあるかもしれないので一概には言えないのですが、「さんがい」から「さんかい」になりつつあるのではなかろうか。

言葉は上の世代でも時代によって変化するため、私自身、以前は「さんがい」と常に言っていたような気がしないではない。

しかし、今となっては、自動音声であれ、百貨店のエレベーターガールであれ、「さんかい」と言っていても、私はとくにどうとも思わず、気にもしない。

 

 

法則を探る

 

vivanon_sentence「3羽」は「さんば」と言ってます。しかし、「さんわ」でもそうおかしいとは感じません。

「3分」「4分」は後に言葉がついてもつかなくても「ぷん」と言っていて、古川アナと同じ「正しい読み」ですので、これを基準に法則を探してみましょう。

 

1分 ぷん ◯

2分 ふん

3分 ぷん ◯

4分 ぷん ◯

5分 ふん

6分 ぷん ◯

7分 ふん

8分 ぷん ◯

9分 ふん

10分 ぷん ◯

 

◯は半濁音です。 これを見ればおわかりのように、「数字が小さくよく使う助数詞は、連濁が起こりやすい」という見方は正しくない。「10分」でも半濁音になってますので。「50分」でも「100分」でも同じ。

「いちふん」→「いっぷん」、「ろくふん」→「ろっぷん」、「はちふん」→「はっぷん」、「じゅうふん」→「じゅっぷん」といったように、その前が促音になる場合に「ぷん」になるパターンがあります。促音のあと半濁音になるのを「促音法則」としておきます。

もうひとつは「さんふん」→「さんぷん」、「よんふん」→「よんぷん」のように、前が「ん」だと「ぷん」になる。こちらを「ん法則」としておきます。

「促音法則」「ん法則」は他の言葉でも見られます。助数詞と関係ないですが、「糞(ふん)」もそうです。「馬糞」「鶏糞」は「ふん」ですが、「人糞」「脱糞」は「ぷん」。「促音法則」「ん法則」は助数詞だけで起きるものではないのです。 連濁の法則は助数詞以外でも共通の法則があって、それが助数詞にも適用されているだけじゃないんかと思ったのですが、そう簡単ではありませんでした。

 

 

人名と地名の違い

 

vivanon_sentenceアナウンサーの世界で言われているらしき「連濁の法則」は適用されない例があまりに多く存在しています。

遠回りになりますが、ここはまず助数詞から離れて、連濁の法則がどうなっているのかを確認した方がよさそうです。

たとえば「橋」という言葉を見ると、面白いことに気づきます。

橋の名称や地名の場合、「橋」の前に何がついてもおおむね濁音になります。「一ツ橋」「日本橋」「京橋」「合羽橋」「数寄屋橋」「永代橋」「面影橋」「淀橋」「新橋」「御成橋」「常盤橋」「柳橋」「泪橋」などなど、すべて「ばし」。

前に外来語が来てもそうです。「レインボー橋」「ゴールデンゲート橋」「ロンドン橋」。 地名であっても、橋の名前であっても「橋」は濁音化するという法則がありそうです。

吊り橋」「桟橋」「眼鏡橋」「二重橋」「丸太橋」といった一般名詞でもそうなのですが、例外がいくつかあります。

大橋」「架け橋」は「はし」。固有名詞でも「関門大橋」のように「大橋」だと濁らない。地名でも「一の橋」のように「の」が入ると濁らない。

さらに、四谷の「鮫河橋」は「さめがはし」です。検索してみると、橋の前に「が」が来る場合に濁らない橋名や地名は他にもありました。「樽ヶ橋」「十夜ヶ橋(とよがはし)」「淀ヶ橋」はにごらない。濁音が続くことを避けるのかと思ったのですが、「姥ヶ橋(うばがばし)」「蛇ヶ橋(じゃがばし)」「源ヶ橋(げんがばし)」は濁る。

上に出てきた中にも前に濁音が来るものはあって、濁らないものが複数あるのは「が」だけではなかろうか。なぜ「が」はこうなるのか。これについてはもっとあとで検討します。

また、「高橋」「三橋」「本橋」のように苗字だと濁らないことが多い。これが橋の名称だと「たかばし」「みつばし」「もとばし」になりそうです。江東区深川の地名「高橋」も「たかばし」です。これももともと橋の名称が由来の地名です。

柳橋」が苗字になると、「やなぎはし」と読むこともありそうです。「市橋」も橋の名前だと「いちばし」、苗字だと「いちはし」でしょう。例外はあるにしても。

しかし、「新橋」は、苗字でも「しんばし」。これは前に「ん」が来ているためかと思います。「日本橋」「二本橋」という苗字の人も同様です。

ここでも「ん法則」が作動しています。どの意味でも「ん法則」では「ばし」になる。法則性が安定しているわけです。

それ以外では、「石橋」のように苗字でも一般名詞でも濁音化するものもあって、法則化は難しいのですが、「固有名詞・一般名詞」と「人名」とでは違う読みになるものが多いのです。ここ、ムチャクチャ大事なポイントです。

 

 

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