松沢呉一のビバノン・ライフ

死後タイトルを変更することの問題—著作者人格権について 1-(松沢呉一) -2,934文字-

「ゆるゆる著作権講座」ですけど、シリーズものであることを表示すると読まれなくなるので、タイトルからは外して、カテゴリーだけ残しておきます。

今回もメトロポリタン美術館のパブリックドメインの収蔵品を多数使用しています。今までも、ただリンクをするだけではなくて、一目で著作者の名前と作品名がわかるように「ビバノン」内で表示をしています。法律上もそれが正しいのですが、著作権が切れてパブリックドメインになっても、訴える人がいなくても、著作者への敬意は消えるものではありません。人格権につながる感覚であり、法以前に存在している感覚だろうと思います。

この敬意があれば、そんなにひどいことにはならないと思います。敬意があれば名前を表示するでしょうし、パクったりはしないでしょう。引用する場合は出典を明記し、原文通りにするってもんです。それが一番大事。

 

 

著作者が死んだあとのトラブル

 

vivanon_sentence著作権を理解し、かつ出版界の慣例にも精通している人に高井としを著『わたしの「女工哀史」』を読んでもらって、私の書いたことに間違いがないかどうか、意見を聞きたいところなのですが、あの本は細井和喜蔵や『女工哀史』に興味がある人じゃないと読む動機ってもんがあんまりない。売れているわけでもなさそうですから、「話題の本」という動機もない。

「この件はもういいか」と諦めていたのですが、知人の編集者が読み始めたと言ってました。著作権や出版界に精通していないと、情に流されてしまって冷静な判断ができなくなりそうですが、この編集者だったら大丈夫。

著作権という観点から見た時に、レアケースであるがゆえに、「こんなことは生きているうちに自分の周辺ではあり得ない」と割り切りつつ、「こういう場合はどうしたらいいのか」と考えをめぐらせるにはいい素材になろうと思います。その意味では編集者向きでもあります。

買い取りの本が歴史に残るベストセラーになるのはレアケース。本が出た直後に著者が亡くなるのもレアケース。籍を入れていなかった同居人が印税を新しい男と放蕩して、そのことが報じられるのもレアケース。その本が死後30年経って文庫になるのもレアケース。著作権が切れて以降、印税の支払いについてとやかく言い出し、共同著作物であるとの主張を根拠もないのに言い出す人たちが出てきたのもレアケース。

こんなことはまず起きないわけですけど、死後の著作物をめぐっての小さなトラブルは少なくないらしい。遺族がその著作物について理解しているとは限らず、著作権を理解しているとは限らず、出版界の慣例を理解しているとは限らず、その無理解によるトラブルがもっとも多いようです。高井としをだけではないのです。

これについては対策をとった方がよくて、そのアイデアをその編集者に提案しておきました。

Lewis Hine「Mill Children #440, South Carolina」

 

 

著作者の死後、タイトルを改変できるのか

 

vivanon_sentenceそんな話をしている時についでに聞いた話で、「それはダメだろ」と思った件があります。

死後、本のタイトルを変更していいのかどうかって問題。

「ある出版社の文庫で、単行本とタイトルが違っているものがあるんですよ」

著者はとっくに亡くなっていて、著作権は今も残っている状態だそうです。

 

 

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