ドラマなんてないのだけれど—記憶から消えてくれない風俗嬢 2-[ビバノン循環湯 287] (松沢呉一) -4,549文字-
「話が苦手なナンバーワン—記憶から消えてくれない風俗嬢 1」の後編です。
お世辞を言わない、演技をしない、笑わない
「演技なんてできないよ」とも彼女は言い、であるがゆえに、心が通うようになるにつれて、その素っ気なさの中に、彼女なりの優しさや思いやりみたいなものが滲みでてくる。
心の中は他人にはわからない。当たり前のことを書いてみたが、繰り返し会わないとその内面が見えてこないのでは、1度会ってそれっきりになる風俗嬢においては圧倒的に不利だ。1回で自分の魅力を伝えられるのが圧倒的に強い。彼女につく多くの客はその先に至れない。もったいないなあと思った。
本人は無理して人気を得たいなんて願望はないので、もったいないとも思っていないし、それでも雑誌指名がずば抜けて多いので、これ以上、客を増やしようもないのだが。
彼女は大声を出して笑うことがない。雑誌でも笑顔はほとんど見せていない。私の仕事机に貼っていた写真も指名用写真もほんのり唇に笑みを漂わせているだけだった。
整形をしていると表情が乏しくなることがあるが、彼女は整形をしていないはず。おっぱいの形がえらくきれいなので、確信をもって、「彼女は入れ乳だろ」と言う人がいて、私もそれを疑っていたのだが、これも違っていた。
ふだんは笑顔も見せるのだが、わずかにでも笑っている時は本当に嬉しい時、本当におかしい時だ。表情が豊かな人が見せる表情の半分か、それ以下しか彼女は見せてくれない。しかし、その表情の変化をだんだん私は読み取れるようになってきた。
「あ、松沢さんだ。来てくれたんだ。すごい嬉しいよ」と抑揚のあまりない声と5割の表情で彼女は言う。当初はわからなかったのだが、「すごい嬉しい」という言葉はそのまま受け取っていい。その分、彼女はお世辞を言わない。言わないことで、発せられる言葉はそのまま本心であると知ることができる。
※「Torso」 おそらく写真家はAlfred Stieglitz
なんか、してあげたくなっちゃった
取材でフロントにいる時に、彼女が顔を出したことがある。
「やっぱり松沢さんの声だと思ったよ」
私の声を聞いて出てきてくれたのだ。
「おう、今日は空いてないの?」
「ちょっと待って」
彼女はフロントに確認をする。
「3時間あとなら空いているって。遊んでって欲しいよ。だって久しぶりじゃん」
フロントに人がいても、彼女は気にせず、そう言った。これも本心なのだ。
私は3時間後に予約を入れた。
この時は彼女は本当に嬉しそうだったが、それでもやっぱり抑揚のない声と乏しい表情だった。
この時ではなかったが、プレイを終わって、シャワーを浴びて個室に戻ったら、彼女は私がカゴの中に脱ぎ捨てた服を取り出して、一枚一枚畳んで、ベッドの上に出してくれている。
「今日は一体どうしたんだ」
「なんか、してあげたくなっちゃった」
もう着ようとしているんだから、いまさら畳んでくれても意味はないような気もするが、いつも素っ気ないだけに、このセリフと行動には私も嬉しかった。いつもやってくれているようなことをされても感激は薄いが、彼女のようなタイプがしてくれると感激するものである。
東京に友だちは一人もいない
彼女は会うたびに少しずつ少しずつ、その態度を変えていった。そのわかりにくい変化が私は楽しみになった。
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