救いようがない—貢いだ果てに 下-[ビバノン循環湯 294] (松沢呉一) -3,841文字-
「24時間労働の風俗嬢—貢いだ果てに 上」の続きです。
ヤクザ(?)に貢いでいた
彼女はやっと重い口を開いた。男はヤクザだという。彼女は稼いだ金の全額を男に振り込んでいる。仕事が終わるとすぐに何本客がついたのかまで報告をし、その金額通りに振り込むのだ。
社長にその話を聞いた私は大きな声を出した。
「えーっ、どうやって彼女は生活してんの?」
「男はいったん自分の口座に振り込まれた金から、一部をこづかいとして女の口座に入れているんですよ。金額までは聞かなかったけど、家を借りられるほどの金もないし、服を買う金もないんでしょう。いつも同じ格好をしているんですよ」
彼女は家がない。あっても帰る暇がないのだから、必要ないのだ。当然家財道具もいらない。ロッカーでも借りているのかもしれないが、おそらく服は一枚か二枚しかなく、それを潰すまで着て、新しいのを買ったら、前のを捨てる。一日千円程度のこづかいをもらっていただけではなかろうか。
ここで私は当然の疑問を口にした。
「だけどさ、何本ついたかなんて言わなきゃわかるはずがないんだから、いくらでもごまかせるじゃん」
「僕もそう思うんですよ。でも、男に“いつでも監視している”と言われているそうで、“怖くてできない”って言うんですよ。そんなはずがないじゃないですか」
「頭がおかしいの?」
「いや、頭がおかしいわけでも、悪いわけでもないんですよ。九州の田舎出身で、世間知らずってカンジなんですよね」
「クスリでもやっているのかな」
違法なクスリをやっていたら、とっくにクビだろうが、合法のクスリでおかしくなっているのもいる。
「それはない。そんな金をもってないですから」
風邪薬さえ買う金がなさそうだ。
「よっほどひどいことをされて、洗脳状態にあるのかなあ」
「そういう事情を話してくれる前のことですけど、一回だけ休んだことがあって、彼女は実家に帰ったんですよ。でも、次の日にもう戻ってきて、目の上にアザを作っている。目にクマができたと言っているんだけど、明らかに殴られたあとなんです。その時はさほど気にもしていなかったんだけど、たぶん実家には帰ってなくて男にまたひどいことをされて、脅されて帰ってきたんでしょうね」
相手はただのチンピラ
社長としては、その事情を聞いてしまったがために、易々とはクビにできなくなった。プライベートの事情に踏み込まないタイプの人は、こうなってしまうのを嫌う。仕事で評価したいのに、それ以外の評価が入り込む。
「寝られると困りますけど、それがなければ何の問題もない。見た目がいいので、写真指名は入る。でも、本指はあまりつかなかったですね。まともに仕事ができる状態じゃなかったですから」
下着だってシミのついたヨレヨレの毛羽立った安いものをつけていて、髪の毛も自分でカットしていたりするんだろうし、化粧っけもない。その上、プレイ中に寝るのでは、指名しない。
「そうなると、こちらも客には勧められなくなるじゃないですか」
「だよね、客をつけると、寝られなくなって、かえってかわいそうだし」
「そうなんですよ。睡眠をとってちゃんと接客すれば人気が出るはずのコですから」
ある時、「男が話したいと言っている」と彼女が携帯電話を社長に渡した。
いきなり男は「なんで客をつけないんだ」と怒鳴った。
「その日は店自体が暇で、1本しか彼女についてなかったんですよ」
その事情をそのまま話したのだが、男はただもう「もっと客をつけろ」と繰り返すばかり。これで社長もキレた。
「だったら、あんた、こっちに来なさいよ。話をつけようじゃないか」
社長が強く出たら、男はすごすごと引き下がった。気の小さな男なのだろう。
「そいつがこっちまで出てくるって言うんだったら、話をつけて、別れさせるつもりだったんですけど、そんな根性もないヤツですよ。ヤクザというよりチンピラでしょう。たぶん自分のクスリ代が必要なんじゃないですか」
※Eustache Le Sueur「The Rape of Tamar」暴力男の図
救う余地なし
男は彼女に対して、組の名前をちらつかせ、「東京にある組がおまえを監視している」などと言ったのだろうが、これがヤクザだとするのは本物のヤクザにとっては迷惑だろう。おそらく組にもいられないようなクズの中のクズだ。
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