松沢呉一のビバノン・ライフ

私と遊んでって—六年目にして初めてのプレイ 上-[ビバノン循環湯 300] (松沢呉一) -4,330文字-

これまた十年以上前に書きながら、わかる人には誰かわかってしまいそうだったため、すぐには公開せず、数年前にメルマガ購読者対象のevernoteで初公開したもの。当時つきあいのあった風俗関係者の中には今でもわかってしまう人がいるかもしれないのだけれど、たぶんその人たちは「ビバノンライフ」を読んでないだろうし、彼女は当時の人脈を断っているはずなので、バレたところで問題はあるまい。中身も今となっては笑い話。

写真は現在の池袋。

 

 

 

すぐに潰れそうな新規オープンの店

 

vivanon_sentence「神沢です」

電話の向こうでそう名乗った。

神沢というのは彼女の本名だ。知り合ってから長いので、私にとってもすでに本名がもっとも落ち着きがいい。カオリとかしのぶとか、普通にありそうな名前を店で彼女は好んで使ったきたためもあって、店での名前はあまり覚えていないし、新しい店の新しい名前を聞いても覚える気がない。

「知り合いが池袋に店を出したので、今はそこにいるの。松ちゃんは忙しい?」

「まあまあ忙しいけど、取材に行くか」

「いやあ、やめた方がいいよ」

「なんで?」

「すっごい入ってないんだよ。そう長くないと思うので、取材するだけ無駄だと思う」

「新規でオープンした店が、もうそう長くないって…」

「だって、ホントなんだよ。来ればわかるよ」

彼女は暇つぶしに電話してきただけのようだ。

「じゃあ、遊びに行くよ。いつが暇?」

「いつでも暇」

「おい」

「早い時間はだいたい私がいるから、来る時は電話ちょうだい」

新しい店ができたとなれば一応は見ておきたい。早く行かないと、潰れるかもしれないとあっては急いだ方がよさそうだ。仕事にはつながらないが。

 

 

一人しかいない店

 

vivanon_sentenceその数日後、たまたま池袋にいて、次の予定まで時間があったため、神沢に電話をした。

「来て来て。今日はずっといるよ。ずっと暇だからいつでもいいよ」

私はすぐに風俗店が密集するサンシャイン通りのビルに向った。

エレベーターを降りると、正面のフロントに彼女がいた。

「ひさしぶりー」

「元気そうだね」

「元気なのはいいんだけど、暇で暇で。来てくれてよかった」

「あれ? 従業員は?」

「私だよ」

「どういうこと?」

「ここね、前にいた店の店長が出したんだけど、スポンサーがお金を出さないので、広告もロクにできなくて、女のコも集められない。店長には世話になったから、恩返しのつもりで入ったんだけど、人がいなくて、早い時間は私がフロントをやっているの。今日は夕方から一人、夜はもう一人女のコが来るんだけど、今は私だけ」

「客が来たらフロントはどうするの?」

「ドアに鍵をかけて、私が接客するんだよ。“今つけるのは私しかいないんですけど、私でいいですか”って」

こんな店、聞いたことがない。

「斬新なシステムだな。つけるのが一人しかいないんじゃなくて、人が一人しかないのか」

「そうなんだよ。入口の鍵を気づかれないようにかけて、他の部屋から音がしないことを不審がられないためにBGMを大きくして」

「夜も女のコは三人だけなんだ」

「いや、二人だけ。私がいると他の女のコが稼げないので、私はたいてい帰る」

「でも、昼間は一人だけなら、そこそこつくのか」

「それがそうでもない。三本つけばラッキーって程度。今のところゼロはないけど、雨が降ったりしたら、ゼロもありそう。時間の問題かもしれない」

なるほど、これでは取材のしようもない。

 

 

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