松沢呉一のビバノン・ライフ

高群逸枝著「田舎から来た女工達」全文—女言葉の一世紀 資料編-(松沢呉一)-[無料記事]-4,794文字-

以下は高群逸枝のプロレタリア・ネオ・ロマンチシズム作品集『黒い女』(昭和五年)収録の「田舎から来た女工達」の全文です。国会図書館ではタイトルが「解放群書. 第42篇」になっていますが、これは解放社のシリーズ・タイトルであり、本のタイトルは「黒い女」です。この黒は無政府主義の黒です。そのうちの一篇が「田舎から来た女工達」です。

ここから文章を抜き出しつつ、論じようと思って作業を進めていたのですが、この小説は、九州の「田舎」から「都会の会社」の工員となった娘たちが、年期を終えて、村に帰ってくるという内容で、田舎臭い言葉遣いでありながら、特定地域の言葉を使用しているわけではなく、都会も中国地方なのか関西地方なのかもわかりません。よって、話し言葉を抜き出すことにあまり意味はない。すでに多数書き写していたので、だったら、全文読んでもらった方がいいかと思い直しました。

国会図書館の公開データを読めばいいわけですけど、古いものは文字が潰れていたり、擦れていたりします。それを読もうとして拡大すると、今度は一度に全体が表示されず、いちいち画面を動かさなければならなくなって、読みにくい。

国会図書館が公開しているくらいで、すでに著作権は切れているのですが、著作権が切れたのは三年ほど前のことなので、青空文庫でもまだ高群逸枝の著作はほとんど公開されていません。いずれは青空文庫で公開されるのかもしれないですが、それまでは国会図書館か、ここを利用していただくってことで。

※文字が潰れているところは、前後から想像して埋めてますので、間違っている可能性があります。埋めきれなかった文字は●にしてあります。

※文頭の一文字空けは詰めてます。

 

黒い女

 

娘達が帰ってきた。

村の入口までくると、

「エムちゃん」

と呼んだり、

「エスちゃん」

と云ったりするのであった。

親達は自分の子達の云ひ出す、何ともえたいの知れぬハイカラな言葉に、すっかり逆せあがってゐた。

「何てえこったかわかんねぇけど」

と彼等は云ひ合った。

「いまどきの、はやりことばだらうぜな」

そうして娘達のしてきかせる、途轍もない大きい町の話、工場のこと、あれこれと目をまはして聴いてゐた。

娘達は頬べたを真っ赤に塗って出歩いた。それがまた親達をよろこばせたのであった。

「なあ」

と彼等は云った。

「あれが当節の化粧だってな」

そして、家々の窓から顔を出して打眺めてゐる母親達の目には涙の玉が泛んだ。

 

 

だが娘達の幸福は、すべての幸福がさうであるかも知れないやうに、瞬間のものであった。

やがて、村や親達にわかれて、会社にかへる、ともう其処ではすべての空気が、がらりと変わってゐるのであった。

朝は三時に叩き起こされる。夜は夜で十時頃までも。それが十二時間労働といふものだった。

そして何より辛らいことは、規則といふことだった。

「規則といふものは……」

と専務はいふ。

「効果の多いものであって、捨つべきものではないのであります」

そして、鉛筆とか切手とかいふものに目をつけ、門番に命じて打落とさせる。

それだけならまだよい。仲間は仲間で、

「田舎っぺい」

といって彼等を笑うのだった。

「すぐ、なに? なんて云ふのだよ」

「なに? って」

「なに?」

口真似である。

おまけに真夜中には、誰の手とも分らぬ手が、時々彼等を撫でるのであった。

 

Louis Lafon「Factory Interior」

 

 

練習工の期間が終へて、受負になってからの彼等はなほさらみじめだった。

「さあ起きた」

と世話婦が来て、午前二時には引っ張り起すのだった。

「田舎っぺいたら野呂間だから……」

この世話婦は、どの世話婦でもが大ていそうであるやうに、女工上りだった。

「顔がよけりゃあ……」

と、朝、ほかの女工がいった。

「世話婦にだらうと何にだらうと出世がでける」

だが哀れな娘達には、世話婦だの出世だのといふ話は聞えもしなかった。そして唯だ、彼等の前には、じめじめした真っ暗らな世界だけがあった

「どうしたなら……せめて」

と彼等は考へた。

「仲間に入れて貰へるだらうか」

人々は盛んに白粉り話や草履の話をした。

「草履のことを……」

と彼等は思ふ。

「何か一口云ひたい」

そして云ふ。が、其処には最早や誰もゐない。そして哀れな彼等だけが目を見合せてゐるだけである。

 

 

彼等は求めるような、あせるような顔付をして、仲間の女工達を打眺める。けれど仲間の女工達は、そんな顔付なんてことには気もつかぬといふふうをしてゐた。

何よりいけないことは、かれらが女工でなくて女であることだった。

かれらには、ごく手近かなところに幸福や僥倖や大●などがあった。

「何を食べるか、どこで眠るかといふようなことは、女にとって、大したねうちのあることではない」

と、かれらは考へてゐた。

「着物だけあれば……」

とかれらは云った。

「紳士さんにだって惚れられる」

かくてかれらは、壁の中で、朝の太陽を感覚し、その壁に凭れて歌うのだった。

会社女工をして居れど

心は牡丹か八重桜

男工ぐらゐに目がくれて

返事するよなわしじゃない

かれらには、すべての低い身分や、男工や、田舎っぺいなどいふものが、いやでたまらないものであった。

そんなものには振向きもしないといふ見識を、かれらは白粉や草履の話の中でひらめかせた。

 

harles Oscar Haag「Accord」

 

 

多くの者はただちに都会化した。言葉も、です言葉になった。が、九州からきた哀れな彼等だけは、一年がきても元のままだった。

彼等は世話婦や、規則や、専務を恐れ、真夜中には抓られた。彼等がしたくてならない草履の話には、誰一人見向きもしなかった。

彼等は男工に目をやって、彼に自分達の話をしようと心を決める。

「なあ、あんた達。けふは何日でござりますかなあ」と彼等が問ひかける。

「うふ」

男工達はうすぎたない田舎っぺいの娘を軽蔑の目で見てわらう。そして、それぎりである。

彼等は恥ぢて、人に助けをもとめることのつまらなさを、しみじみと感ずるのである。

が、朝、彼等は、ある泣いてゐる女を見つけた。泣いてゐる、といふことは、何といふ善いことだらう。彼等には、そこにだけ、人と人とのつながりや、平和があると考へられた。

「あのひとはねえ」

と、ほかの女工がそこを出て行きながら叫んだ。

「晩に抱かれて寝た男のねぇ、奥方さまにねぇ、朝平常着でねぇ、行逢ったアとさア」

居合わせた人々はみんな笑ひ出した。そして出て行った。

「なんちゅう人らだろかい。」

「ほんとになア」

と、そこに立って、しんみりとした調子でいってゐるのは彼等であった。彼等はどうかして女を慰めたいと思った。

だがそれはむだな事だった。女は泣きやんだ。そして立ち上がりながら、

「田舎っぺいに……」

と、さも憎いといふ目付を彼等にして見せていったのである。

「わたいらのことが分かってたまるけい」

 

 

哀れな娘達の悲しみは、今ではもう、はっきりとした、大きなものになってゐた。周囲にある人達は、今ではもう、単なる行きずりの他人であった。かれらがどんなふうに話し、歌はうともそれは単に冬とか日とかいふたぐひのものでしかなかった。

冬がきて、日がかげりだした。空も見えない暗らい大きな穴ぐらの中に、多くのよく饒舌る人間と機械とがゐた。そのうごく音が、何か苛々しい怒ったような唸りを挙げて、寒い冬であるといふことを、思ひ出させた。

寄宿舎の周りには、冷たい雨が降り、冬の木枯らしは暗闇の中で悲惨な音を立てた。

哀れな娘達は、寒い窓口に座って遠い故郷を思ひ泛べた。

「ねえ、おまさちゃん」

といふのであった。

「山にゃあ雪が降ったんべぇ。親切なおばちゃん達ぁ、赤ん坊の着物縫ってんだべぇ」

「ええ、おしげちゃん」

といふのであった。

「何処も此処も真白だべぇな。憐れみ深い神様ァ、晩、窓のそとで冬の歌歌うだぁね」

哀れな二人の娘は、肩を並べてしょんぼりと座り、窓の向うを何処までも見つめてゐるのだった。

 

 

Tiffany Studios「Large photograph of Lamp Shade Department」

 

 

故郷の山々には雪が降り、村には風が吹いた。その風の中の小さな岸辺で子供達が遊ぶのを、家々の窓から母親達が心配さうに打眺めて、溜息をついてゐるのであった。

「ねぇ」

と親達は云ひ合った。

「おまさとおしげは無事に生きてゐるか知ら」

どれが生みの親だか、ここでは分からなかった。村の者といふものには、まるっきり個性がなかった。すべての親がすべての子をもち、その子のために長い溜息をつくのであった、

「川の方角にあたるぢゃらう。なあ、会社ちゅうのは……」

「川もんか、海ぢゃ。ひろい、大きい海ぢゃ。海の向こうぢゃ。」

「ぢゃがなあ、川はひろい大きいその海に行きつくぢゃでな。その方角が、やっぱり会社ぢゃらう」

「なあに、さうでねえ。海には島があるのぢゃ。島があってからに方角がそこで狂うてをるのぢゃ。

「なら父つぁん。わたいらをなごは、どうしべぇ。どの方角見べぇ。をなごは見ずにやぁゐられねぇもの水でも見ずにゃあ……」

母親達はよよと泣く。そして、冬の長いことや、島といふことなどを考へる。ことに会社のある海といふ考へは、いつまでも解けぬ大きな●であった。

 

Hashiguchi Goyō「Ibuki Mountain in Snow」

 

 

二年目が過ぎ、三年目がきた。三年で年期があけるのである。

親達は、春風の山によぢ登って、春風を感謝し、太陽を感謝し、神々が作りなしたまうたすべての物を感謝した。

そうして、向うの山ひだから、愛らしの娘達が馬車に乗って出てくる日を待ちうけた。

「ねぇ、父つぁんたちや」

と母親たちはいふのであった。

「さぞ変わっただらう。村も変わったに……」

母親達は麦のことや、病気のことや、多くの人の死や、出稼ぎのことなどを話そうと考へた。

馬車が見えた。

「おとまァ」

「やい、おきくゥ」

と、村では大さわぎだった。

「仁助ェ」

「やい、市ィ」

残ってゐる若い衆や娘っ子のすべてが、おどり跳ねながら村から街道へ走った。

明るい朝の靄を通して、場所は景気のよい白い誇を立てながら駆け抜けてくるのであった。

到頭娘達は来た。そして今はもう三日目になる。娘達はもう、えたいの知れない言葉をつかったり、頬べたを赤く塗ったりはしなかった。

そのかはり、美しい瞳は星と輝き、優しい足どりには力があった。

「ねぇ」

といって親達は感極まって泣くのであった。

「えらい学者になってきたぞな」

そして父親達は、何も彼も子達のいふことなら、大きいひろい海のようなものだと断定した。

「おれ達はなあ、母さんや」

といった。

「川のようなものぢゃ。あいつらに比べちゃあ、小っぽけなものぢゃ」

そして、それが非常な自慢だった。

かつて哀れであった娘達が、今日のように変化してゐようとは、すべてを御存知の神々でさへ不思議なことに思しめすであらう。

「すべての革命運動は……」

と、今、娘達は考てゐる。

「すべての田舎の精神に立たなければならない。それは地びたに足をつけることである」

長い一年間、哀れな彼等は、都会精神のために虐げられた。

(すべての田舎出の女工たちが、いかに喘ぐように都会化し、田舎といふことをわらったか。)

それは同時に、彼等が個々になるといふことだった。彼等は仲間といふことを、まるっきり考へなかった。そこには仲間とか、孤独とかいふものはなかった。そうして白粉と草履とだけがあった。

二年に自覚した娘達の目に、草履の話なぞいふものが、いかに滑稽で、馬鹿げて映ったらう。

娘達は、奴隷的なすべての態度をなげうち、あらたに社会とか、労働者などといふものを知った。

「これから」

と娘達は思ふ。

「行かなくちゃ」

そして、あたりを見まはすのだった。

 

 

Alfred Stieglitz「The Hand of Man」

 

 

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