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松沢呉一のビバノン・ライフ

著者の死後、著作物の間違いを直すべきか否か—高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや 追加編 3-(松沢呉一) -3,269文字-

2017年08月13日11時07分 カテゴリ:書評わたしの「女工哀史」メディア出版知的財産著作権


高井としを著『わたしの「女工哀史」』のもやもや」はあまりに長くなってしまって、読む人がほとんどいなくなったため、とっとと終わらせるべく数回分をカットしました。

「ビバノンライフ」の古い記事の手直しをする過程で、カットした部分を読んだら、『わたしの「女工哀史」』を離れても、「著作物の中の間違いをどう処理するのがいいのか」というテーマとして参考になる内容が含まれていたため、追加編として復活させることにしました。

通常、原稿の中に間違いがあったら、編集、校正、校閲の段階でチェックが入って著者に戻します。著者はそれを見て、「いやいや、ここはそのままでいいのだ」と思ったら、その事情を編集に説明するし、「間違いだ」と思ったら直します。雑誌の場合は時間的な制約もあって、明らかな間違いについては著者に戻さずに編集が直すこともありますが、微妙な直しについてはやはり著者に確認をします。

しかし、著者がもう亡くなっていて、すでに単行本が出ているものを文庫化する際に間違いを発見した場合はどうするのが適切かというのがこの原稿のテーマです。「著者自身が直す」「編集の直しを著者が納得する」ということがもうあり得ない。誤字脱字だとはっきりわかる場合は直していいとして、事実関係の間違いを第三者が直していいのか。「著作権を尊重するのか」「正しさを優先するのか」の選択です。

ケースバイケースなので、一律に「これが答えだ」というものはないのですが、そのケースごとに適切な処理というのがやっぱりあって、『わたしの「女工哀史」』の場合は不適切だったと私は思います。

写真だけ他の回に使ったものがあるかもしれないですが、そのままにしておきます。

 

 

誤解を拡散しかねない注

 

vivanon_sentence

わたしの「女工哀史」』の巻末に編集部からの付記があって、単行本の表記の誤記ついて、以下のように説明されています。

 

一、明らかな誤記、誤植と思われる箇所については、慎重に検討した上、適宜訂正した。また[]で注を補った箇所もある。

 

アインシュタインについての注「星製薬商業高校の開校およびアインシュタインの来日は、いずれも実際には一九二二年である」は[]でくくられていますから、これは岩波文庫の段階でつけられたものだとわかります。

としをが生きている間であれば、「アインシュタインではなく、フリッツ・ハーバーではないか」と指摘して、本人が思い出したら名前を差し替え、思い出さなかったら「名前は失念したが、海外の有名な科学者」とでもしておくのが妥当だと思います。そのあとの話は、アインシュタインじゃないと辻褄が合わなくなるのですべてカットです。

本当は生きている間にそれを確認すべきだったのですが、文庫にする段階まで、誰もこの裏取りをしていなかったのではないか。「おかしい」と気づいた人が一人もいなかったのか、気づいても調べるまでには至らなかったのでしょう。単行本が出た一九八〇年だとインターネットで調べることもできなかったですしね。

私がそうしたように、星薬科大学まで行けばわかるし、行かなくても電話一本入れればわかることなのですが、そこまでやらない出版社は珍しくないのだと思います。

編集者は文字の校正はしても、事実関係の間違いはチェックをしない。外部の校正者に出した場合でも同じです。校閲部なんてもんが存在しない小さな出版社でも、優れものの編集者は校閲レベルのチェックをしますが、それをする発想さえない編集者は少なくないでしょう。

この本の場合はまず研究者たちがまとめて、そのあと単行本になっていますから、「どこかの段階で誰か調べろよ。なんで一読者の俺が調べられる程度のことを調べてないんだよ。業績なり金なりを得るくせに怠け過ぎだろ」って話ではあるのですが、そんな杜撰な単行本を出してしまった以上、今からとやかく言ってもしょうがなく、文庫にする際に訂正をすればいい。

でも、この注はダメです。聴いたはずがない講演を聴いたと言っているのですから、このまま出すと虚偽になり、はっきり注であり得ないことをわかるように指摘すべきでした。

そうしないと、アインシュタインが星薬科大学の前身の学校で講演をしたという間違いを広げます。私もそう思って、星製薬や星薬科大学まで行ったように、あの注では一九二二年の開校の際にアインシュタインが講演をしたようになお思えますから。

なぜはっきり否定する注をつけなかったのか。

※星薬科大学「歴史資料館」

 

 

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