妹の結婚で壊れた兄—妹への異常な愛情 下-[ビバノン循環湯 311] (松沢呉一)-3,683文字-
「妹の修学旅行土産は風呂の残り湯—妹への異常な愛情 中」の続きです。
妹が結婚することに
一九八八年の忘年会でのこと。
いつものことだが、佐野君は喜怒哀楽を表情に出さない。ほとんど無表情と言っていい。
しかし、佐野ウォッチャーの私は、その冷たいとも言える表情の中に、本当に悲しそうな色があることを見抜いた。
佐野君はこんなことを私に言った。
「妹が来年の二月に結婚することになったんです」
「相手も人形か」
佐野君は私の質問を無視し、誰でも知っている大企業の名前を挙げた。
「そこで働いている男です」
「二月とはまた急だな」
「そうなんです。この話を聞いたのは、つい先日のことですよ。そんなに早く結婚するのは、何かあると思いませんか」
「なにもないだろ。たまたま式場が空いていたのか、前から準備をしていたんだろ。二人はいつからつき合っていたんだ?」
「その男が何人かで学園祭に来ていて、声をかけられたらしいんです」
「学園祭でナンパかよ」
「ひどいですよね」
「別にひどくはない。となると、何年もつき合っていたのか」
「ええ、三年くらいつき合っていたらしい」
「ほら見ろ、前々からジュパジュパしたり、パコンパコンしたりしていたんじゃないか。三年もつきあっていたんだったら、全然急な話じゃないじゃない。妥当だろ」
いちいち自分のつき合っている男のことを兄に教えないのは珍しくも何ともないが、佐野君の場合は、教えると何をしでかすかわからないところがあるので、妹としても細心の警戒心をもって内密に事を進めていたのかもしれない。
佐野君にとっては、ただ結婚するということだけじゃなく、何年間も、自分の知らないところで妹に彼氏がいることを知って、ショック倍増というわけだ 。
結婚を阻止したい
大好きな妹の結婚がショックなのはわからないではないのだが(本当は全然わからない)、ここで留まらないのが佐野君の佐野君らしさだ。
「どうしたらいいんでしょうね」
「どうもしなくていいじゃないか。素直に祝福してやれよ」
「そんなことできませんよ」
「君としてはかわいい妹が結婚すること自体が許せないわけか」
「もちろんです」
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