松沢呉一のビバノン・ライフ

元子爵邸で行われていた秘密クラブ—奇談クラブ・猥談クラブ・秘密クラブ[下]—[ビバノン循環湯 313] (松沢呉一) -2,433文字-

校内で青姦していたのは佐伯祐三か?—奇談クラブ・猥談クラブ・秘密クラブ [上]」の続きです。

 

 

 

実話か創作か脚色か

 

vivanon_sentence紳士淑女が集まって話を楽しむだけではなくて、ブルーフィルムを鑑賞する会や、オールヌードショー、白黒ショーを鑑賞するような会も「秘密クラブ」と称され、こちらはしばしばビジネスであり、客引きが路上で酔客に「ダンナ、これから秘密クラブはどうですか」と声をかけたりしますから、たいして秘密でもない。

ただの売春であれば「クラブ」とは言わず、なんらかの集まりになっている場合は「秘密クラブ」。結果、売春が付随していても、集まりがあれば「秘密クラブ」です。

戦後もこういったビジネスとしての「秘密クラブ」があり、一方で同好の人たちが集まる「秘密クラブ」もあり、これらの中から、後のSMクラブやスワッピング・パーティのようなものにつながっていくクラブも昭和二十年代から昭和三十年代にかけて登場してきます。

昭和二十年代の雑誌には潜入ものの記事、潜入もののような創作記事がたくさん出ています。どこまで本当の話かを見極めるのが難しいものが多く、そのひとつを見てみましょう。

雑誌「微笑」(文殊書房)昭和二三年五月発行号を読んでいたら、香木たけし「ピンクの部屋」という文章が出ていました。この時代の雑誌はしばしばそうですけど、小説とも実話とも随筆ともなんとも書いてありません。

著者は新聞記者ということになっていて、ひょんなことから、秘密クラブに迷い込みます。狭い部屋に通されると、男女がかたずを飲んで何かを待っています。

ここにはマジックミラーがあって、その向こう側にあるのがピンクの部屋です。そこで繰り広げられる男と女の営みを鑑賞する趣旨の会だったのです。

男はこの会に依頼されたスケコマシで、その辺で女をたらし込んで、この部屋に連れてきて、ヤッてしまいます。なにしろ演技ではないので臨場感を味わえ、時にはレイプもどきの行為まで見られるってわけです。

この日も女が抵抗するため、男はポケットからピストルを取り出します。ところが、この日の女は手強くて、ピストルを奪ってしまうのです。

ここまで来ると、さすがに誰が読んでも小説だとわかってしまうのですが、このあとこの秘密クラブは摘発されて、その女は潜入した新聞記者だったというオチです。

Henri de Toulouse-Lautrec「Débauché」

 

 

枕になった話は実話だった

 

vivanon_sentenceピンクの部屋」は帝銀事件の話から始まるために、「実話ものなのか」と思って引き込まれてしまうようになっています。どうして帝銀事件が出てくるのかというと、帝銀事件があったその日の夜、自由が丘にある元子爵邸で開かれていた秘密クラブが一網打尽になったというのです。

帝銀事件の影に隠れて、たいした話題にはならなかったと書いてあるのですが、たいした話題にならなかっただけで、少しは報道されたらしい。

そこで、調べてみたところ、本当にそういう事件があったのでした。小説の中に出てくるような秘密クラブが開かれていたことの歴とした証拠ですから、詳しく紹介してみます。

 

 

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