前期カフェーの様子–女言葉の一世紀 38-(松沢呉一) -2,908文字-
「エレン・ケイが口説き文句に—女言葉の一世紀 37」の続きですが、本当は高群逸枝著『黒い女』の前に出す予定だったものです。出すのを忘れてました。
カフェーの女給たちの会話
話は山村愛花著『女百面相 当世気質』に戻ります。
この本のラストは「カフェーの女」。
女給の艶子さんと色子さんが生々しい会話をやっています。
「真個(ほんと)ですわ、妾ねえ、先月なんか化粧品を買たら足りない位なのよ」
「私も左様よ、何うでお給金なんかは当にならないわねえ」
「ホンのお小遣銭の足しだから、妾はね考へたの……人の好いお客に頼んで買って貰ふことに極たわ」
「そりゃあ好(いい)のねえ、マサか妾等からお金を取らうとも云れないから巧く考へたのねえ」
「それ位にしなければ到底(とて)も白粉だって買ひ切れやしない」
「全くだわ……だけれど、お客の事だから間に合ない時が出来るわねえ」
「そりゃ仕方が無いよ、其様(そんな)ときは自分で間に合せだけ、小瓶でも何でも買うとして、新しいのに手を付けたら直ぐ頼んでおけば、夫れの失るうちに誰か買って来てくれるのよ」
「左様……化粧品の講中なら入会者はいくらでもあるわ、貴女を贔屓にしてる彼(あ)の雑誌を何時も衣嚢(ポケット)に入れてる学生(スチューデント)ねえ、あれなんか直ぐ二つ返事よ、最う御用達に命じたのでせう」
「あらまァ、目の早いこと……彼の方は化粧品ぐらゐのお灸では済されないわ、ほほほほ」
「あら驚いたこと、何時の間に……して了ったの……おお凄い、貴女さァお驕なさい、真個に呆れて物が言れやしない」
「貴女だって彼の金縁目鏡のお客とさチャンと知ってるわ」
「ほほほほ、否な人だよ、妾彼様好(あんなやつ)は大嫌ひさ……お金があるから我慢してチヤホヤして遣ると、色男気取でねえ、此の頃は薄化粧までしてるのよ」
「だって好わ、お金にさへなれば……」
「妾も左様思ってねえ……お互いさまに、お給金は零点さ、御祝儀を当てに斯うしてるんだが、是れだって知れたものだらう、垢のつかない清潔(さっぱり)した着物でも着るには、彼様奴でも金庫にして置かないと、活動して往かれやしないわ」
※カッコが脱落していると思われるところは補足しています。
女給の給金は安く、客に化粧品や着物を買ってもらって、その代わりに待合やホテルにつきあう。場合によっては小遣いをもらう。そのために半私娼と言われておりました。「何時の間に……して了ったの」の……は「発展」とかでしょうかね。
本が出たのは大正七年ですから、カフェーブームの前期です。それでもこういう蓮っ葉な女給がゴロゴロしたのでありましょう。
女給と女給の会話ですから、女言葉を使いつつも、「あんなやつは大嫌いさ」なんて言葉が端々に出ています。
前期カフェーの様子
カフェーの記述にも時代が反映されています。
カフェーとは最近に称(とな)へる言葉で、牛酪(バタ)臭い香のする現代の女が派手な唐縮緬(メリンス)の帯をお太鼓に締め、純白な前掛をかけて客と料理場の間を活発に飛び回ってゐる。脂肪製香料の御厄介になるハイかった連中には、意気にも見え美麗にも見える。実際に於いても女給仕(ウエイトレス)の綺麗首を写真刷にして、広告画に応用する位である。
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