松沢呉一のビバノン・ライフ

人格権を主張しない契約は無効(おそらく)—著作者人格権について 5-(松沢呉一) -2,774文字-

編集部と著者の役割分担—著作者人格権について 4」の続きです。とっくに書いてあったのですが、このシリーズは読む人が極少で、「もういいや。だったら次」というのでボツにしたものです。今はやる気が落ちているので、「だったら次」という気にならず、このスキにボツにしたものを出しておきます。

 

 

同一の世界観を使用してはいけないなんて契約はあってはならない

 

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著作者人格権とはどういうものであるのかを押さえていただいて、次の話。

Facebookでも取り上げましたが、この話には驚きました。

 

 

 

こんなん、契約内容としてはあまりに曖昧であって、「世界観が同一か否か」の判定は不可能ですから、なんか言われても、「同一ではありません」と突っぱねていいんじゃないですかね。判断がつかない内容、実現不可能な内容を契約に盛り込んだって無効です。文章で言えば「同一の文体を他で使用してはいけない」なんて条項があっても無効でしょう。

「契約作品の続編をそうとわかる形で出してはいけない」「本作の登場人物は本作以外で登場させない」といった具体的な基準だったら判定できましょうし、これなら契約として有効かとも思うのですけど、これもやりすぎじゃないですかね。出版社の都合で打ち切られた作品を他で継続できなくなるんですよ。初回打ち切りになったものが、他の出版社でやることで全10巻のヒット作品になるかもしれないのに。

具体的にどういう事態を避けたがっているのかわからないのですが、作者を縛り付けて、他で仕事をしないようにしたいってことしか考えにくい。同じ人が書く以上、多かれ少なかれ、世界観は重複するでしょう。他で仕事をした途端に、この条項で文句をつけるってことかな。

 

 

誰のためにもならない譲渡契約

 

vivanon_sentenceこの考え方は、作家を潰し、自分のクビも絞めかねない。読者をも愚弄しています。

物書きでも一社とだけ仕事をして人気を得る人もいるでしょうが、多くの場合は、複数の版元とつきあいます。若年層に強い版元、女性層に強い版元、オタク層に強い版元、中高年層に強い版元など、それぞれに特性があって、一社の力では売れなかった人が、複数の会社が関わることで売れることもあります。

村上春樹だって、複数の版元とつきあい続けています。これまでの信頼関係が続いているだけでなく、社の特性というものがあることをわかっているのだろうと思います。

A社では売り切らなかった人が、B社で出して売れれば、A社が出したものも売れる可能性が出てくるんですから、独占することでメリットがある会社があるとすれば、さまざまな層に十分にアプローチできるだけの媒体を複数もっていて、営業も強く、「うちで売れなきゃどこに行っても売れない」と豪語できるような版元だけじゃないですかね。

そこまでの版元だったら月々の保証金を出して、独占契約すりゃあいいとも思うし。漫画家がそうであるように、飼い殺しになったりもしますけど、それがいいなら契約をすればいい。

そこまでする余裕も覚悟もないので、「なんかしら入れておけ」って程度のものだろうと想像します。セコいし、コスい。こんな契約はしない方がいいし、したとしても無視していい。著作権に詳しい弁護士に聞いた方がいいと思いますが。

Simon Bening「Book of Hours」

 

 

人格権を行使しない旨の条項はおそらく無効

 

vivanon_sentenceもうひとつ、「著作権をIT系WEBマンガ企業に譲渡してしまう(人格権も行使しない)形の契約」というのがここに出ています。

ちょっと前にも、こういう契約があることが話題になってましたが、これもまとめておきます。

 

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