女学校の理想と女学生の現実—女言葉の一世紀 45-(松沢呉一) -2,811文字-
「松崎天民著『運命の影に』で描かれる女学生—女言葉の一世紀 44」の続きです。
子どもを手放す母親からの手紙
以下は松崎天民著『運命の影に』(大正六年)に出てくる相談の実例で、内容からして、相談が解決して、その礼状でしょう。差出人は地方の某豪家の令嬢です。
(前略)色々御深せつに有がたう御座います。たとへ不義いたづらの子供でございましても、私のためには可愛いただ一人の坊やでございます。この子を知らぬ人様に遣はしまして、一生涯母と子の名乗も出来ぬやうになりますのは、死にもました悲しさ痛ましさ、どうか御推察下さいませ、小説己が罪の環と同じやうな運命となり、過去の罪悪を包み隠して、処女のやうな顔をいたし、人妻とならねばならぬ私の身の上、罪の恐ろしさ、何卒御あはれみ下さいませ、罪の女、私の腹に生れしことも知らず、知らぬ方に養はれます坊やの行末など、思へば断腸のほかはございません、ただ何事も神様の御ばち、父母の不幸の報ゐ……(下略)
※「前略」「下略」は原文についているもので、これが相談の全文です。
『己が罪』は明治末期の大ヒット新聞小説。著者の菊池幽芳の名前もこの小説のタイトルも、今はほとんど知られてないですが、のちのちまで繰り返し舞台化され、映画化され、講談の演目にもなった大衆小説であり、「家庭小説」というジャンルを生み出しました。戦後のメロドラマのルーツとも言えましょう。
定番通りに大阪から上京して下宿生活をしながら東京の女学校に入った箕輪環は、医学生と恋に落ちて妊娠、ちゃらんぽらんな医学生に翻弄され、たびたび死を決意しながらも、その子を出産する悲劇の主人公であり、当然のことながら、美人という設定です。
(残り 2201文字/全文: 2961文字)
この記事の続きは会員限定です。入会をご検討の方は「ウェブマガジンのご案内」をクリックして内容をご確認ください。
ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。
会員の方は、ログインしてください。
外部サービスアカウントでログイン
Twitterログイン機能終了のお知らせ
Facebookログイン機能終了のお知らせ