松沢呉一のビバノン・ライフ

明治末期に話題沸騰となった「娘問題」とは何か—女言葉の一世紀 61-(松沢呉一) -2,825文字-

良妻賢母と貯蓄報国—女言葉の一世紀 60」の続きです。

 

 

 

新旧の板挟みになった女学生

 

vivanon_sentenceざっくり言うと、戦前、とくに明治から大正にかけての女学生たちは「新しい女」に象徴される新思想と、旧来の伝統的日本の女との間で揺れ動き、その狭間で待合に行ってセックスをしていたというのが私の見方です(良妻賢母は果たして「旧来の伝統的日本の女」と言っていいのかどうかの疑問もあるのですが、ここではひとまずその問題は脇に置くとして)。

とくに誰かの意見を参考にしたわけではなく、さまざまな事象を見ていて、そうなのだろうと見当をつけたのですが、そのあとで、当時、同様のことを指摘している人たちが多数いることを発見しました。「その狭間でセックスしていた」とまでは書いてないですが。

大阪娘と東京娘の比較—女言葉の一世紀 59」に出てきた扇谷亮著『娘問題』(明治四五年)の中でも複数の人が指摘しています。

ウェストン嬢という日本にいる外国人も私と同様のことを言ってます。

 

 

今の娘さん達は是迄の古い教育と近来の新らしい教育との間に挟まって万事新旧二様に従はなければなりませんから、其苦労は却々(なかなか)容易ではありません。夫れから只今の娘さん達は修業する課目が多過ぎて、寧ろ不相応と云ひたい程です。学校へ行くだけでも色々の学課があって、到底覚え切れぬのに、少しの閑を偸(ぬす)んで音楽を稽古したり、会話を稽古したり、何にでもチョイチョイ手を出すので、何でも一と通り心得て居る代わり、是と云って一つ満足に出来るのはありません。

 

※適宜句読点を入れています。以下同。

 

本文ではウェスントになっていますが、目次はウェストン嬢。この本は誤植が多いのです。戦前の本一般に言えることですが。

この人がどこの誰かもわかりません。この本では教育家など、社会に対して発言をしている、地位ある立場だと「女史」。女優のように一般に名を知られている人は呼び捨て。名前を売る仕事ではない若い独身だと「嬢」というルールのよう。平塚らいてう(本では平塚明子)もまだ話題になって間もないためか、「嬢」です。

学校では西洋音楽を習いながら、日曜日は琴の稽古に行ったり、茶道や華道の稽古に行ったり。まさにこのことは新旧どちらにも手を出しておく傾向を表していましょう。

結局どっちも身につかないわけですが、結婚のためのただの箔ですから、それでいいのです。卒業後に学問が継続しないという指摘もしていますが、それでいいのです。卒業したら、あとは嫁になるだけ。

 

 

日本社会を揺るがした娘問題

 

vivanon_sentenceこの『娘問題』は、扇谷亮著となっていますが、「編」とすべき内容で、それぞれ1ページから5ページ程度の、多数の短い談話(インタビュー)が出ております(一部インタビューではなく寄稿したものもある)。

詳しい経緯は書かれていないのですが、インタビューの中で語られているところによると、連日、新聞に連載されて大いに話題になったらしく、大臣から芸者まで、著名な人もそうでない人も登場。どれもテーマは「娘問題」。半数くらいは女学生のことについて多かれ少なかれ語っており、「娘問題」は「女学生問題」であり、「女子教育問題」だったことがわかります。

 

 

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