松沢呉一のビバノン・ライフ

鳩山薫子が語る女学校教育と鳩山春子の春画スキャンダル—女言葉の一世紀 62-(松沢呉一) -3,659文字-

明治末期に話題沸騰となった「娘問題」とは何か—女言葉の一世紀 61」の続きです。

 

 

 

現職大臣登場

 

vivanon_sentence扇谷亮著『娘問題』(明治四五年)には現役の大臣、前大臣、未来の大臣も多数登場していて、渡辺千秋宮内大臣はこう言ってます。

 

教育制度を如何すれば善いかと云ふ事は今日一の問題となって居るので、現に文部省でも学制改善の意見を立て詮議中であるとの事である。予輩も曾て多年移民長官を奉職した事もあり、教育事業には熱心に力を尽くしたが、中にも女子教育に就いては種々と考慮を費やした事がある。今や我が邦は新時代と旧時代の過渡の事で、何(どう)すれば良妻賢母を養成し得られるか夙(はや)くから識者の心を注ぐ所で、娘の教育は極めて重大の問題なのである。

自分は娘も数人を有ったばかりか、我には一家の子供等に他の娘を結婚さした事もある。夫れと一般の世間の有様を好く見ると、今日の女子は多く高等の教育を受け、学校に通って和漢洋の歴史又は物理化学などを寝る間も忘れて勉強して居るものの、卒(い)ざ、結婚をして了ふとなると、夫を応用する場合は極めて稀で、今まで頭脳を費して覚えた苦心は殆ど水泡に帰して了ふ憾(うら)みがある。(略)

其処で千秋の娘の躾のけ方に於ける意見は娘をば教育するには先づ紡織裁縫其の他の家政上必要な事を学ばせ、結婚した後では直ぐに家を治め、子女を育て行くに差支へのないやうに致したいのと思ふ。

 

 

日本語がおかしなところがありますが、これも誤植でしょう。

立派な大人が自分のことを「千秋」と言っているのはどういうことかわかりません。苗字かフルネームを言うのはまだわかるとして。「ここはひとつ、我が輩も女学生っぽくしてみるか」ってことでしょうか。

そこはいいとして、高等教育を受けたら、それを活かせるように社会進出できるようにすべしというのではなく、なんで最初っから良妻賢母の維持が決定しているのかわからん。

同様の人はナンボでもいて、そのくらいこの国においては良妻賢母が捨てがたい価値観となっていたのです。そして、いまもなお、そこから抜け切れていない人たちがナンボでもいるわけです。

明治維新で武家は凋落していったにもかかわらず、武家の作法が社会の規範となり、それまでの庶民の作法が駆逐されていった。その時に消えていったのが、たとえば女の「俺」に象徴される女言葉でありました。

※写真はWikipediaより

 

 

鳩山由紀夫・邦夫兄弟の祖母が語る女学校の無益

 

vivanon_sentence扇谷亮著『娘問題』(明治四五年)では、嫁ぐという目的以外に、いかに女学校で教えることは役に立たないかについて、さまざまな人が指摘しており、鳩山薫子もばっさりとこう述べております。

 

 

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