松沢呉一のビバノン・ライフ

美容術の開拓者・北原十三男とメイ牛山—女言葉の一世紀 67-(松沢呉一) -3,369文字-

舶来品禁止を主張する婦人教育家—女言葉の一世紀 66」の続きです。

 

 

 

ハイカラ女学生と箱入り娘

 

vivanon_sentence続いて東京美容院の北原十三男(とみお)院長の話は生々しい。

 

 

一寸考へると美顔術に来る娘の中で女学生風の跳ねっ返りはずうずうしく一人で押掛け、箱入娘は何が何でも監督者と連立て来る様だが、事実は全(まる)で之と反対で、女学生風の娘こそお母さんや伯母さんを引っ張り出して其(く)るが、箱入娘は大抵おづおづしながらも大胆に一人で訪ねて来る。此間に確かに仮面を褫(は)いだ現代の二様の娘気質を認めることが出来ると思ふ。女学生の来るのは日中で、鼻を高くして呉れとか色を白くして呉れとか云ふ並々の注文をするに過ぎない。それも金があればやる、無ければ廃(よ)すと云った風で、本人も一寸見に誤摩化しが出来れば宜いわと云った風だ。箱入娘の方は大抵日暮なり夜中なりに人目を忍んで訪ねて来る。そうして何んな手段を執ってでも満足な結果を得やうとする。女学生等の思ひも付かぬ念入りの注文や男子が聞いたら真実(ほんと)にしない様な大胆極まる療治を頼んだりするのは皆結婚前の箱入り娘である。

 

 

ここでは「山の手・下町」ではなく、「女学生・箱入娘」を対比させてます。箱入娘の女学生というのもいるかと思いますが、高等学校に進まず、嫁入り修業をするようなタイプが「箱入娘」ってことかとも想像できます。

しかし、たぶんあんまり意味はなく、ふたつの娘さんのタイプを説明しただけでしょう。おきゃんなのが女学生、一見おとなしいのが箱入娘。内実は女学生は親のすねかじり、箱入娘は裏の顔をもっているといったところ。

箱入娘風のおしとやかで目立たぬタイプが案外セックスについては積極的だったりするのは今もよくあること。ヘルスでこっそり働いて、こっそり辞めていくのもこういうタイプ。真面目で安定した仕事をしている男と要領よく結婚するのもこういうタイプ。それでいて、うまいこと浮気をするのもこういうタイプ。

客のことをこうも赤裸々に書いても大丈夫かと心配になりますが、鬱憤を晴らさずにはいられない様子。婿を紹介してくれと自分の写真を置いていく女学生風がいると思えば、その翌日にはその母親が菓子折りをもってやってきて、縁談を請う。できることなら在学中に縁談をまとめておきたいと母娘とも焦っていて、スキあらば見合い写真をばらまく。

箱入娘は一人で来ていても、男を待たせていたりするらしい。ちゃっかり金のある愛人を作って、パパにねだったのでしょう。

さらには化粧品と間違って劇薬を掠め取っていき、あとになって火傷をしたと文句を言ってきた娘もいるなど、腹立ちのエピソードを読むと、「そりゃ言いたくもなるわ」と同情してしまいます。

 

 

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