松沢呉一のビバノン・ライフ

子ども騙しの就職ガイド—女言葉の一世紀 93-(松沢呉一) -3,759文字-

小学校卒のための就職ガイドの絶望—女言葉の一世紀 92」の続きです。ここからまた桁の多い数字が出てくるため、算用数字と漢数字が併用されています。気にしないでください。

 

 

 

女工をやると心身ともにボロボロに

 

vivanon_sentence婦人職業研究会編『小学校卒業の女性のための女子就職の手引』(昭和九年)を読んでいると、小学校卒は女工くらいしかできることはないのかと思い知らされます。しかし、女工についても大変正直なことを書いています。

 

 

けれどもいくらお金になっても、自分の体が滅茶になったなら、どうにもなりませんから、どんなに苦しくっても、体の弱い人は行ってはなりません。学校中で一番身体の強いといはれた人でも、紡績工場へ行って二、三年経つ間に、真青な弱い身体になってしまふ人が多いさうです。それではいくらお金になっても仕方がないでせう。

 

 

え、そんなに体力がいるのか。

立ち仕事なので体力は必要でしょうけど、「学校中で一番身体の強いといはれた人」が「真青な弱い身体になってしまふ」のは、『女工哀史』にあったように、また、平塚らいてうが書いていたように、内臓をやられたり、呼吸器系の病気になったりするためです。

空気が悪いところで長時間働き、栄養もろくにとれない。やっぱり女工は厳しい。

いくらお金になっても」というほどの金にはならんし。そのことも説明されています。

 

 

女工といふ職業が出来たのは、女は気がつくのと、仕事が簡単といふ以外に、男を使へば高く出さねばならないが、女だから安くていいだらうといふ所から出たのですから、いい収入にはなりません。毎日の収入から、食費やら雑費を引かれると、いくらにもなりません。お嫁になっても不自由しないために、学校を立ててゐる会社も沢山ありますが、思はしい成績をあげてゐない様です。

 

 

以前ほどひどい環境ではなくなっていましたが、この本では「とても忙しい仕事ですから、休んでゐる時間は、眠る外はありません」と書いてます。いかに工場でお稽古事ができると言っても、寝る外はないんじゃ、時間も精神的余裕もないでしょう。

小学校しか出ていなくても立派な職業婦人になれるとエールを送るはずの本でも、「なんだよ、安い金で女工になって体を壊すくらいだったら売春でもしていた方がいい」と思わせる内容になっております。

ということで、すっかり小学生気分になっていた私は売春することにしました。学校を出てすぐだと娼妓にはなれないので、酌婦になります。映画館の案内係になって売春するのもいいかな。

小学校卒業間近の私としては、女工の環境をなおざりにしたまま、娼婦を蔑視し、公娼制度だけを悪者にした廃娼運動に心底腹立つ。どうせ矢島楫子とか久布白落実とかも女中を使っていたんだべ。救世軍の人たちは使ってなかったと思うけど。

※東北芸術工科大学東北文化研究センターより「日本絹撚株式会社米沢工場 裁縫教室

 

 

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