松沢呉一のビバノン・ライフ

ホントに楽しかった日々—お母さんになった元風俗嬢[1]-[ビバノン循環湯 345] (松沢呉一) -3,220文字-

前回の「人間の赤ん坊はハムスターと同じか—半世紀以上生きてきて初めて知ったこと」では、私は圧倒的に不利でしたが、性別問わず、私と同じタイプがいます。そんな二人の会話を循環させてみました。十年ほど前にメルマガに書いたものです。

 

 

 

お母さんになった人気風俗嬢

 

vivanon_sentence風俗嬢を辞めてからもつき合いが続いているのが何人かいる。その一人と久々に会うことになった。

彼女は私の原稿にたびたび出ていた存在だが、風俗嬢時代の彼女をそのまま記憶の中で固定した方がいい人もいるだろうから、ここではカレンという名前にしておく。

知り合った時に彼女はすでに二年ほどヘルス嬢をやっていた。以降、三軒の店で、五年ほど働いていたが、結婚を機に引退した。それから二年になる。知り合った当時、二三歳か二四歳だったと思うので、すでに確実に三十代に入っているはずだ。

待ち合わせの駅前ビルで待っていたところ、彼女がニコニコしながらこっちにやってくる。会うのは三年振りくらいになるだろうが、子どもを抱えていること以外、何も変わっていない。

私は赤ん坊の顔を覗いた。

「似てないな、オレに」

「当たり前じゃん」

おかしいな、前と違う。以前だったら、「そんなことないよ、目がソックリ。んなわけないでしょ」とノリツッコミをやってくれたのに。大人になったものである。

※Mary Cassatt「Mother and Child (Baby Getting Up from His Nap)

 

 

かわいくないのにかわいいと言う辛さから逃れる方法

 

vivanon_sentence近くのこじゃれたレストランに入って昼食をとることにした。すでにランチの時間は過ぎて、客は少なく落ち着ける。

改めてマジマジと子どもの顔を見て私はこう言った。

「男の子でよかった。男の子なら、“ヤンチャそうだな”って言えば挨拶は終りだけど、女の子だとそうはいかないだろ」

「あははは、そうなんだよ。自分の子どもだからかわいいけど、客観的に見てぶちゃいくだよね。私もよその赤ん坊がかわいくないのに、“かわいい”って言うのが辛くてさ。でも、かわいいって言うのが礼儀だからね。私は“ママに似ているよね”とかってまずごまかして、心を落ち着けてから、かわいいところを探して、“鼻がかわいいよね”“手がちいちゃくてかわいいよね”って言う」

「オレもオレも。それが無難だよね。“父ちゃんにそっくりだよね”って、父ちゃんのことを知らないのに言ってしまったりして」

今日は心にもないことを言わなくてよかった。

「カレンちゃんはあんまり変わってないね」

「いや、子どもができるとホントに変わるよ。みんなそういうことをよく言うでしょ。ホントかなと思ったらホントだったよ。今日は少しはマシな格好をしてきたけど、全然自分のことは気にしなくなるよ。普段はジャージで買い物に行ってるよ。ここだと他のお客さんがいるし、松沢さんも嫌がるだろうから出さないだけで、それがなければおっぱいを出すのも全然恥ずかしくない。私のおっぱいは子どものものだから。そういうところはきれいに考え方が変わったよね。公園でも木陰に隠れておっぱいをあげたりしている。男の人が立ちションするようなもんだよね」

しかし、彼女の見た目は以前とそうは変わらない。

「化粧してきたもん。裸になったらわかるけど、肉がついたよ。顔もふっくらしたでしょ」

「少しね。血色もよくなったし」

「風俗の子たちって、体に肉がついても、顔は太らないのが多いのはどうしてだろうとずっと思っていたんだけど、辞めてわかったよ。ずっとお客さんと話しているし、ずっと笑顔でいるからなんだよね。暇な時間は女の子たちと話しているでしょ。話しっぱなしで笑いっぱなし。でも、子育てをしていると、誰とも話さないから、顔の筋肉を使わない。あっという間に顔に肉がついてきた」

なーるほど。

※Mary Cassatt「Baby’s Lullaby

 

 

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