発明家という商売—ドクター中松という珍発明[5](最終回)-[ビバノン循環湯 351] (松沢呉一) -5,852文字-
「フロッピーディスクを発明したのはIBM—ドクター中松という珍発明[4]」の続きです。
ナカビゾンとフロッピーディスクの間にあるあまりに遠い距離
当然のことながら、昭和23年に、今のフロッピーディスクの完成形を発明できるはずがないから、あくまでフロッピーディスクにまつわる権利に抵触する特許ということと思われる。しかし、このナカビゾンのどこがどうしてフロッピーディスクにつながるのか、まったくわからない。
昭和23年に出願したのなら、昭和20年代には公告されているはずで、調べてみるとドクター中松による特許は4件ある。この中に、ドクター中松が「フロピーディスクを発明した」と主張している特許があることになる。
その特許名は「蓄音器式自動連奏装置」「重色レコード」「積紙式完全自動蓄音器」「蓄層回転両面自動連奏蓄音器」である。以下、便宜上、順に1から4までの番号で呼ぶ。
まず1だが、これはレコード・プレイヤーのオートリピート装置で、これはナカビゾンにもフロッピーにも関係なさそう。
2こそが、ナカビゾンにつながる特許とも思える。紙に印刷した色を読み取ることによって再生する録音法がもともとあって、この発明は、フィルターを使うことによって、数色を重ねたものを読み取れるというものだ。これによって、1枚の録音盤(紙)を経済的に使えるというわけだ。
3は、2のような録音盤を自動連続再生する装置で、1のヴァージョンである。4は3のさらに延長上の発明で、複数の録音盤の両面を効率よく自動連奏していくためのシステムである。このふたつも、ナカビゾンと関わる発明だろう。
以上からすると、紙に印刷した録音・再生装置そのものは既存の特許と思われ、ドクター中松の持っている特許は、1枚の盤から複数の音を再生し、それをスムーズに連続再生していくことである。この特許によって、音が出る本、「ナカビゾン」が実現したのだろう。
※「ドクター中松 薬用育毛剤(まかしと毛)」は11,242円。
ドクター中松の資金源は?
結局、どうしてナカビゾンがフロッピーディスクの発明と言えるのかわからない。
これ以降、昭和30年代に入っても、この延長にあると思われる特許があるから、それらの中にフロッピーディスクに関わる何かを潜在的に持っていた特許があるのかもしれないが、もはや、いくら特許公報を取り寄せても、凡人には、ドクータ中松の高度な「発明」は理解できそうにない。
「フロッピーディクスを発明した」と言えば、ほとんどの人は、今現在我々が使用している磁気の盤を想像するだろうが、どうやらその想像は間違っていて、ドクター中松の言葉を受け取る際にも、途方もない創造性を発揮する必要があるらしい。
それにしても不思議なのは、一体どこから「発明」や選挙の潤沢な資金が出ているのかだ。残念ながら、これについてもよくわからなかったため、勝手な推測をいくつか書いておくに留める。
先の発明一覧に登場した「ナカマフック」というのは、風呂や台所にあるフックで、裏に粘着剤がついたものだが、このような家庭用品は、その使用量が膨大であるため、いかにチンケなものでも、金はガンガン入ってくるってわけだ。洗濯機に入れる糸クズとりで大金持ちになったのは、たしか普通の主婦じゃなかったか。
200前後の特許のうちに、あるいは実用新案のうちにいくつかこういうものがあれば、確実に金は入ってくる。ここに至って、ドクター中松が選挙に出て打ったのは、金になっていた特許の期限が切れて、新たな展開をせざるを得なくなったのでは、なんてことも推測したくなる。
続いては、本人が語る[IBM社に16の特許をライセンスしている世界唯一の個人]という事実に注目したい。100%のウソは言わないドクター中松だから、これも何らかの根拠はあるのだろう。とすれば、IBMから金が入ってきているだろうことが想像できる。
いわば「口止め料」としての契約
IBMに問い合わせても契約内容については教えられないとのこと。こういう契約は非公開が原則である。
しかし、過去の新聞記事を調べると、ドクター中松とIBMの契約という話も、我々が普通にこの言葉からイメージするようなものではないらしきことがわかる。
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